2007-09-09

モノの味方 〔10〕時計 五十嵐秀彦

モノの味方 〔10〕最終回  ……五十嵐秀彦
時計

初出:『藍生』2007年7月号


時計は時間を作り出す。時間は過去と未来という幻想を作り出し、ときに人を縛りもする。

勤続何十年かを記念して勤め先から頂戴した時計を数ヶ月前に不注意で失くした。しまった、と思いながら反面ホッともしたのである。以来腕時計無しで暮らしている。案外困ることもない。すると今度は自分が無用もののようにも思えてくる。つくづく人は時の奴隷である。

かつて時衆と呼ばれる人々がいた。一遍という男に従って諸国を遍歴していた。「出す息吸う息の時々刻々に生死がある」と一遍は言った。奇妙なことに彼らの「時」には過去も未来もないのである。常に一瞬の「時」しかなく、そこに過現未一切があるのだから、十劫の昔の阿弥陀仏は一瞬の中にともにいると一遍は直観していたようだ。そんな「時」を信じる人たちがかつていた。彼らは時の衆であった。ところが私たちはそんなこともわからず時間に振り回されて生きている。所詮進歩とはその程度のものなのであろう。

あ、もう時間です。


1 comments:

匿名 さんのコメント...

「モノの味方」&「俳句図鑑」毎回楽しみに読んでいました。最終回とは残念。また忘れた頃に登場してくれることを期待しております。