2011-02-27

テキスト版・籾山梓月200句抄 後半

テキスト版・籾山梓月200句抄 後半100句 西村麒麟選


『冬扇』

盗みする身のほつそりと秋袷

女星とて男星にまさる光かな

精霊やをさなき頃のうろおぼえ

海の水冷えゆく秋の彼岸かな

何事もなくて冬の夜明けにけり

ほしものの深川へ飛ぶ寒さかな

ぽんかんや師走の市の走りもの

行年にまはらぬ人をまはしけり

霜白し草の庵は寒けれど

三味線を小壁に寄せて雪見かな

鍋焼に連れて戻るや雪の橋

貧乏草貧乏くさく枯れにけり

かんぱちの刺身におろす初大根

水仙の咲く時捕るる秋刀魚かな

家古く建具新し日向ぼこ

見ぬ月の幾夜冴えてや冬籠

短きは筆の命よ冬ごもり

鼻糞の蚯蚓になるや冬籠

父母ののたまふままに避寒かな

梅探りがてら金沢文庫かな

厚著して情を知らぬ懐手

人の世もほぼ見つくしぬ桐火桶

客を待つ火桶熱くもなりにけり

東山ながめて撫づる火桶かな

川風や炬燵座敷の夕掃除

ゆたんぽや一冬君に馴れてより

あたたかき心に似たる湯婆かな

ともかくもならでやの年忘かな

楽しみて改めがたし芭蕉講

色町にちらつく雪や寒念佛

豆打ちて世間の鬼を怖れけり

初春の淋しき業や墓まゐり

年玉や海水浴の茶店より

言霊のさきはふ国ぞ恋かるた

双六やここに泊りの夜の雨

そつとして寝かして置けや屠蘇の酔

『続冬扇』

ぴつたりと障子さしたり梅柳

落書を防ぎかねたり花の寺

水の音すずしさ春の日傘かな

夜の秋やともしびに来るあめんばう

常葉木の落葉や海女の浮沈

鮎皿のまたふさはしきめろんかな

だぼはぜはおまんまつぶに釣られけり

猥談も果はありけり灯取虫

流行の昔へかへる袷かな

親も子も見真似の孫も昼寝かな

濱焼の竹の小笠を捨てをしむ

釣りあげて鰻なりけり秋の暮

流鏑馬の装束解かで月見かな

江東も水に浸しぬ月の雨

あの世ともこの世ともなし筆の露

けだものや櫻の落葉秋の蝉

沙魚釣れてきのふもけふもなき海や

かまきりの戦ひにけり竹箒

ゐぬこともなき蚊の蚊帳に別れけり

迎火や思へば済まぬ事ばかり

雲高き彼岸の秋や京の山

行年の獅子に喰はるる兎かな

冬籠千両が実をこぼすまで

風邪二人同じ薬を飲みにけり

人あらぬ時あつあつの炬燵かな

おのおのの思ひあがりや芭蕉講

鏡餅手頃につくれ像の前

おもしろの代々の調べや歌がるた

『続々冬扇』

内外の余寒も障子一重かな

長生きをしたと思ふ日は遅し

かくれ家は草の匂や暮の春

すずしさやまだ夏ならぬ金魚売

蛤の濡れて来にけり春の雨

かりそめに置く隅棚の雛かな

つばくらも酒屋の暖簾くぐりけり

流さるる早き流れの蛙かな

撞鐘をおろして久し梅の花

花人と思はれて行く墓参かな

金魚屋の池のほとりや桃の花

さみだれや土管につまる蟇

隣なる扇の風のあまりかな

端居して幽霊見たり安居院

蟇と我永らへて見る庭の月

真言を唱へて魂を迎へけり

ほほづきにかがやかす眼や女の童

この里に来て見おぼえの木の子かな

まんまるの師走の月やすみだ川

行年や何の役にもたたぬ人

行年のこんにやく重き土産かな

鎌倉で亡くなる人や寒の内

川水に沈むや雪の夕げしき

とりあぐる人もあるらん冬扇

美しき人を集めて年忘

風の日やいほりをめぐるみそさざゐ

相笑ふ二股大根引きにけり

来る人を酒の相手や三箇日

豆腐呼ぶあとを逐ひけり浅蜊売り

春げしき町中の夜は明けにけり

花の下にゆめうつつなる眠りかな

此あたり朝寝の町や春の潮

ところどころ花の淋しき旅路かな

春愁の外に遺さんもののなし

蝶逐ふて蝶追ふ我を忘れたり

1 comments:

匿名 さんのコメント...

文学界で知りました。良い句を作っておいでの方ですね。中興期の良い句に似ている感じがします。
新し味もあり、根本が根が座っているように感じました。
すこし、時代の違いは感じます。
でもいいですね。