2012-04-01

『吉田鴻司全句集』抜粋100句 吉田鴻司100句テキスト

吉田鴻司 100句


『平生』より
出羽びとの雪を加へて鋤き返す
ときどきはどぜうが上げる泥けむり
水口は蝌蚪のあつまるところかな
夕風へ跳人(ルビ:はねと)の鈴の鳴り出しぬ
燈の入りてみるみる佞武多修羅となる
手の届くところに狐のかみそりが
指さして春禽の名を忘れたる
昨夜の豆こんなところに春立ちぬ
野あそびのやうに足投げゐたりけり
破れたるところも春の障子かな
一日は冬至南瓜でありにけり
恐龍の尾を双六の振出しに
ぽつぺんを旅人らしく鳴らしけり
バレンタインデーと言ふ日の佐渡が見ゆ
舟虫の一目散に子沢山
長兄だけの在所となりぬ新豆腐
桃の種滅びのごとく吐きにけり
氷るには美しかりし蓮の骨
夕さりの山低くなる月見草
落し文その後の沙汰のなかりけり
父母の知らぬ傘寿の暑さかな
割かれたる飛魚の眼の涼しさよ
手庇の限りを鮭の遡りをり
遠山の浮き立つソーラン祭かな
鶴啼いていつせいに田の動きけり
紅梅が好きで女人とはぐれたる
羊蹄山の残照となる薯の花
稲雀風の重たくなりにけり
湯豆腐や雨にはじまる源義展
送り火の崩るるときの焔かな
浮鷗水に頬寄せレノンの忌
系譜とはひたすら鳥の帰るなり
減反のげんげ明りとなりたるよ
すかんぽやこだまうろうろしてゐたり
葉桜の中の薄墨ざくらかな
落鮎やまつりの近き稽古笛



『頃日』より
みちのくの田より時雨れて猫もどる
奥比叡の風をちからにゆりかもめ
雪掻きのをはりもショベル雪に挿し
雑炊をほうほう喰うべ三鬼の日
島の子の着替へ大事に夏越来る
山の風一箸ごとに木の芽和
雪をんな夏はかく老い網を編む
風呂吹や山系の紺濃くしたり
なみなみと花屑泛ぶ吉野口
うららかや持薬に加ふ陀羅尼助
糸とんぼ急ぐ日ざしとなりにけり
葛咲くや心にいつも杖添へて
ふところに山の日を容れさくら餅
銀山の空おもおもと春の瀧
ベレー帽茶に替へ近江春となる
月山のさんさんとあり蛇の衣
湯どうふのほぐれて嵯峨に雨少し
力まずにほどかれゐたる桑の瘤
風花のひまひまに出て耕せり
遠嶺より日のなみなみと雪間草
祭鉦ひときは洛中洛外図
老いたれば風船かづら吹いてみし
善玉も悪玉も酔ひ村芝居
白粉花赤白なればやさしかり
膝立てて丹波の鬼と霞みけり
草餅やいつもどこかに東山
くるぶしに山蟻を置き信長忌
佛らは山へのこしてかき氷
開帳や両の手に賜ぶ味噌おでん
マラソンの後尾が歩く島の秋
初旅のまずは胎内くぐりけり
白鳥の胸を濡らさず争へり
はこべらの花のをさなさ伎芸天
山中の涼しさここに莨盆
この頃や甘さが好きで走り藷
ごきぶりの逃げおほせたり無口なり
いまの世に穀象虫ののこりけり
老いの日の洗ひざらしの軍手かな
たぐられていよよ荒鵜となりにけり
地の温み空のぬくみの落葉かな
枯葦の妙に吹かれてゐたりけり


『山彦』より
花桃やこんこんと月上りをり
いつぱいに打つては志賀の一枚田
ことに眉青きは近江の雪女郎


『神楽舞』より
油掌洗ふ砂の西日を擦りこみて
脱ぐ手套なほ鉄握る形して 
姥捨や夏天の遠さ母の遠さ 
月の出の風の道見す猿の声 
秋立つや一歩確かむ蟇夫婦 
無造作に蠅打つて師の齢に入る



『平生』以後
鯛焼きも人形焼きも雁のころ
寒玉子こらへきれずにころがりぬ
方丈を開け放ちたる新茶かな
拝啓と書き出してみて虫の宿
棒稲架のひときは雲の往き来かな
かいつぶり水よろこんでゐたりけり
松過ぎのただの雀でありにけり
子のとばす紙風船の落ちたがる
斑の色のどこかが淋し天道虫
秋扇音を大きく閉ぢにけり
陽炎を踏んでるばかり妻生きよ
片虹のほのぼのとして癌告知
薔薇白しひとりの夜を消燈す
飲食の粥にも馴れて父の日よ



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