2012-05-27

林田紀音夫全句集拾読 215 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
215



野口 裕



路傍に売る蜜柑の色で積みあげられ

昭和五十五年、未発表句。どことなく、俵万智の「一山で百円也のトマトたちつまらなそうに並ぶ店先」(『サラダ記念日』、昭和六十二年)を髣髴とさせるが、景が似ていても思いはかなり異なる。俵万智が現代に対する倦怠を物に仮託しようとしたのに対し、「路傍」や「積みあげられ」という言葉からにじみ出ているのは時代はなぜこんなに変わってしまったのか、というとまどいだろう。日常の景の中に時代の変遷を読み取ろうとする姿勢は堅持されているが、景自体の喚起力が弱まっているだけに難しい。

 

鉤針に蜜の夜雨の夜を編む

昭和五十五年、未発表句。蜂蜜をすくい上げる特殊なスプーンを「鉤針」と形容したのだろう。その語は、一体何を釣る、あるいは吊る鉤なのだろうかと読者を謎に誘い込む力を秘めて句全体を牽引する。切れそうで切れない蜂蜜の雫と、やむともなく続く小雨。「編む」が出そうで出てこない着想。「雨の糸」という言い方を好む作者にとってはごく自然な連想なのだろうが。


階段の途中がいつまでもつづく

昭和五十五年、未発表句。ごくあっさりと書いてそのままになった句だろうか。昭和五十五年未発表句の最後にぽんと置かれて、その位置が何とも玄妙に響いてくる。名句になりそこねた句かもしれない。

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