2012-09-02

【俳誌を読む】『はがきハイク』第6号 中嶋憲武

【俳誌を読む】
僕の部屋には
『はがきハイク』第6号(2012年7月)

中嶋憲武



僕 の部屋には、というか僕の家には本がたくさんある。両親そろって教師、しかも両親とも国語の先生だ。正確にいうと、父が高校の古文教師、母が中学の国語教 師だ。本好きの母に小さい頃、寝る時には必ず絵本や童話を読んでもらっていて、長じても本に親しむ生活様式で、欲しい本があるといえば親は惜しみなくお金 を出してくれたので、まあ本は溜まり放題に溜まったという訳だ。

天井までの高さの壁いっぱいの本棚に、だ。知り合いの大工特注のこの本棚は、岩畳だけが取 り柄で、壁にしっかりへばり付いているので、ちょっとやそっとの地震では倒れない筈だ。床にマットレスを敷いて寝転んで読書が、僕のお気に入りのスタイ ル。

高一ともなれば、ニーチェなども読み齧る。だがすぐにうつらうつらしてしまうのが難だ。うつらうつらしていると、お隣りのユウコさんが白い蝶のように 入って来た。本を貸してくれという。三つ上のユウコさんとは、小さい頃からお互いの家を行き来してきたので、姉弟のような塩梅だ。自分の部屋のような感じ で、富士山を重ねたような白木の踏み台を取り出してくると、表彰台へ上る軽やかさで上がった。

何読んでるのと表彰台の上からユウコさんが聞いた。ニーチェ というと、へー、聞いてる音楽がアヴェレージ・ホワイト・バンド。キマッテルねといった。その時ラジオでピック・アップ・ザ・ピーセズが流れていたのだ。 夕方の緋色の残照のなか、僕はうつらうつらとユウコさんのフレアスカートからはみ出たふくらはぎから踵にかけての線を眺めていた。日が沈んで数分の間は、 女性が最も美しくみえる時間帯だと何かの本で読んだ。なるほどと思った。

踏み台に素足のかかと夕暮れる    笠井亞子






寝なかった。眠れなかった。寝なかった。どっちだ。シャワーを浴びてパジャマを着て、すっかり寝る態勢には入っていた。水曜パックの愛川欽也が面白かったし、班ノートもつけ始めちゃったんだった。やはり寝なかったのだ。

誰 が始めたのか忘れたけど、班のみんなは班ノートをやたら長く書くようになって、ヨシキなんか、その日のどうでもいいような事を十六ページも書いた。高校受 験を控えて、こんな事やってていいのかという多少後ろめたい気はあるけど、なにしろヨシキが十六ページなもんで、十七ページは書きたい。読む側の先生も大 変だろうけど、先生は構わず文中に赤ペンで突っ込みを入れてくれたりする。ヨシキは何かと気んなるやつなので、この間用も無いのに家に電話してみた。やさ しそうなお母さんが出て取り次いでくれて、その取り次ぎの保留の間にかかってる音楽が、わたしのお気に入りの曲だったんで、ヨシキと話す前からウキウキし ちゃったんだ。エンゲルベルト・フンパーディンクのラスト・ワルツ。ラスト・ワルツだねっていったら、なにがって、今起きたばかりみたいな声でヨシキが いったんだった。

そんな具合にヨシキの事を思い出したりしながら班ノートを書いていたら、外がすっかり青々としてきたので、時計をみると四時を廻ってた次第で、前向きなわたし、アサコという名前なせいか朝がとびきり好きなわたしとしては、もう起きてるしかなかったのだ。

班ノートを二十ページ書いて恍惚とブルーモーニングのなかにいると、かちゃかちゃと牛乳屋さんの来てる気配。限りなく朝だ。腰に手を当てて牛乳を飲もう。

万緑や牛乳瓶の濡れて立つ   西原天気



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