2012-09-09

【週俳8月の俳句を読む】たんたんと 前田霧人

【週俳8月の俳句を読む】
たんたんと

前田霧人


週俳のプロフィールによれば、石原明氏は筆者と同じ1946年、隣県の愛媛生まれである。それ以上の経歴はあえて知ることをせずに、氏の「人類忌」十句から何句か取り上げてみる。

折り鶴は化鳥の匂ひ日雷   石原 明

言われてみると、折り鶴は恐竜時代の翼竜に酷似する。また、『好色一代男』に出て来る「比翼の鳥のかたち」をした「をり居(おりすえ)」が折り鶴であるという説がある。比翼の鳥とは雌雄それぞれが目と翼を一つずつ持ち、二羽が常に一体となって飛ぶという中国の空想上の鳥で、男女の契りの深いことに喩えられる。自室か病室か、第一句に登場する「いつもややこしいあなた」が置いて行った折り鶴を眺めていると、段々と怪しい鳥に見えて来る。ぷんぷんと匂いまでして来る。折しも外はひでりの前兆ともされる渇いた晴天の雷。こんな風なことを勝手に想像してみた。

たんたんと余生を喰ふや真桑瓜   同

真桑瓜は最近、スーパーでもあまり見掛けない。メロンみたいに甘くはないが、バナナが高級とされた子供時代にはよく食べた庶民の味である。余生とは、そんな真桑瓜の味に似たたんたんとしたもの。「たんたん」の平仮名表記と「喰ふ」という表現に、作者の処世のスタンスが髣髴して共感を覚える。

人類忌の献花のごとき時計草    同

時計草は花の形が時計の文字盤と針に見えることから名付けられた。英名の passion flower は「キリストの受難の花」の意とウィキペディアなどにある。「たんたんと余生を喰ふ」作者は人類忌ということを真剣に考えている訳ではないが、頭の片隅くらいにはある。それが時計草の花で、ふと想念に上った。時計草の花を見ていると、人類滅亡の時に刻一刻と近付いて行く秒針の音までが聞こえて来るようだ。そして、人類が滅びた後も、時計の針は止まることなく悠久の時を刻んで行く。

大玉西瓜提げてトトロの雨となる  同

結局、「たんたんと余生を喰ふ」作者には「いつもややこしいあなた」も「人類忌」も現実のものではない。大玉西瓜の甘く瑞々しい味とトトロの住む世界こそが確かなものである。作者はそんな自らの世界を覆う小さな傘を差して静かに雨を受け、大玉西瓜の確かな重みとトトロの気配を感じつつ、バス停に佇んでいるのである。



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