小川春休
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行き行きてとんと飛びのる崩れ簗 『一筆』(以下同)
秋、産卵のため川を下る鮎を獲る仕掛けが下り簗。晩秋になると役目を終えた簗が崩れかかってくる。そんな崩れ簗でも、まだ人を載せるほどの強度があること自体、馴染みのない者にとっては驚き。飛び乗った人物の方は、そんな事は当然といった様子だが。
山粧ふ名刺もたぬを詫びながら
果たして俳句の場に名刺は必要なものだろうか。持たぬのは個人の自由なのだが、人から名刺を貰った時に返すものがない事には、どうしても申し訳なさを感じるものだ。それにしても、折角の紅葉に、まるで仕事中のようなやり取りとは、ちょっと可笑しい。
大根買ふ輪切りにすると決めてをり
芭蕉の〈初真桑四つにや断ン輪に切ン〉を思い起こさせる掲句。芭蕉句の方は大人数でわいわい言いながら、掲句の方は一人という違いはあるが、「食」に対しての思い入れの深さ、一所懸命さは相通じる。生きることの本質と可笑しさとが入り混じる一句。
生野菜からだに良しと褞袍着て
いくら生野菜が身体に良いと言っても、季節は冬、風呂吹き大根や様々な鍋料理など他にも沢山旨い物があろう。それに、身体を冷やすことになりはしないかと心配にもなるが、聞き齧りの健康知識に固執している褞袍の主、とても聞き入れて貰えそうにない。
身を掻けば穢(ゑ)がぽろぽろと鶴凍つる
厳しい寒さの下、凍ったようにじっと動かず片足で立っている凍鶴。それに相対する人間の方は着膨れて、凍鶴の端正な佇まいとは程遠い有り様。掻けばぽろぽろと落ちる何か、乾燥した皮膚であろうか。生活感のある景だが、どこか軽妙でもある。
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