2014-05-11

【週俳4月の俳句を読む】 何が気に入らない? ふけとしこ

【週俳4月の俳句を読む】
何が気に入らない?

ふけとしこ



鳥帰る何度も書き直すひらがな  近 恵

ひらがなほど優しいものはない。
ひらがなほど美しい字はない。
ひらがなほど厄介な字はない。

さて、この人は何が気に入らないのだろう? さっきから書いては消し、新たに書き……繰り返してみても、やはり納得はできない、と。

どうでもいいことなのに、どうにも気になることが日常にはある。掃除が得意な人はちょっとした拭き残しが気になる。

絵を飾る人はほんの少しの額の歪みも気になる。

この句の主人公はきっと綺麗な字を書く人だ。雑な字を書いてすませている人は決してこんなことは気にしないものだから。拘って書き直すひらがなとはどんな文字だろうか。

帰る鳥に託したかった手紙かも知れない。

もっと綺麗に書けたら、もう少し、柔らかく書きたいのに……、涙さえ滲んでくる。最後は溜息。ああ、間に合わなかった! 

鳥は行ってしまった。手元には反古が残っただけ。この一年で託せるだけの字を書けるようになっておきたい……。

ということはないにしても、一つの季節の移ろいと、どうにも気になる筆跡とが歴然と残った。何よりもこの中句のもたらす屈折感! 

置かれた季語は「鳥帰る」だが、根底にあるのは春愁そのものであろう。


花吹雪から卵焼き守りけり 野口る理

昔々、汁や膾に散り込む花びらを喜んだ方がおいでだったが、彼女はそうではない。折角の花見弁当に入ってこないで! というところだろうか。

本当は楽しんでいるのだろうが、今更それを言っても俳句にならないことを重々承知。逆をついて成功したことになる。憎い句だ。

実際には守らねばならないほどの風と花びらの量だったのかもしれないが、読まされる側からはこの大げさ加減が何とも楽しく、色彩を感じられる一句だ。

春の野に貧乏神の黄色き歯  る理

ああ、もう、びっくりした。漫画なら「ゲエッ」とかなんとか吹き出しで入れるところ。こんな神様にはいくら春の野であっても会いたくないなあ。

それにしても、白い歯や痛む歯を詠まれることは多くても、黄色い歯を詠んだ人が今までにあったのだろうか。


百千鳥日当たる方が樹のおもて  川嶋一美

春の鳥は「囀り」といえば声中心、「百千鳥」といえば姿をいうのだとか。何れにしても、恋の季節の鳥たちの賑やかなことである。
   
樹木の片側がどうのこうのとはよく詠まれることで、目新しさはないかも知れない。が、こう言い切った断定と、調べの良さ、さらには季節感も加わって魅せる一句となったと思う。

一美俳句の面目からいえば、「土よりもすこしあかるく雉あゆむ」をあげるべきだろうが、土と雉の色の対比が面白いだけに、さらに雉の方を明るいと捉える感覚を持つ人だけに、この表現は私にはとても残念に思えた。


第363号 2014年4月6日
川嶋一美 あゆむ 10句 ≫読む  
近 恵 桜さよなら 10句 ≫読む
第364号 2014年4月13日
西村麒麟 栃木 10句 ≫読む
野口る理 四月10句 ≫読む

第365号 2014年4月20日
曾根 毅 陰陽 10句 ≫読む
第366号 2014年4月27日 ふらここ・まるごとプロデュース号

山本たくや 少年 10句 ≫読む
仮屋賢一 手紙 10句 ≫読む
木田智美 さくら、散策 10句 ≫読む
山下舞子 桜 10句 ≫読む


4 comments:

大江進 さんのコメント...

私は「土よりもすこしあかるく雉あゆむ」がとてもいいなと思っているのですが、ふけさんが「とても残念」と思われるのは具体的にどういうところなんでしょう?

ふけとしこ さんのコメント...

大江進様
ふけとしこです。
私が残念と言ったのは「すこし」を止めてでも「土」の描写があった方がいいと
思ったからでした。
場所によっても、時間帯によっても、土は変化するものですし……。
が、それを言えば煩く思われる方もあるかも知れません。
つまりは私の好みだけの問題でした。
いずれにしても、こういう時ははっきりと理由を言わねばなりませんね。
失礼いたしました。

大江進 さんのコメント...

ふけとしこ様
当地でも雉はよく見かけますが、薮に隠れているので驚きます。そういうところの土はもちろん含水率が高いので色はかなり黒っぽいですね。乾いた白っぽい地面のところに雉がいることはあまりないでしょう。したがって川嶋さんの「すこしあかるく」は過不足無く的確な表現だと私は感じています。

川嶋一美 さんのコメント...

大江進さま、ふけとしこさま
川嶋一美です。
お二方のコメント拝見しました。
表現ということ、改めて疎かに出来ないものだと勉強になりました。ありがとうございました。初めて間近に見た雉でした。