2014-11-02

落選展2014_5 最初の雨 小池康生 _テキスト

5 最初の雨 小池康生

良性か悪性なるか小鳥来る       
冷まじや告げて寡黙なままの医師    
いちにちが了るだけなり秋の暮     
菊を見て菊のひかりを見て菊を     
高熱と微熱のなかを雪つづく      
冬帽子病ひは隠れ上手にて       
古暦病ひを得ると記しあり       
白鳥の鳴けば翼の汚るるに       
マスク捨つひと日の己捨つるごと    
みかん剥くさして食べたき訳でなく   
演(や)り終へて正直な顔スケーター     
星を見る星に暮らして柚子と湯に    
大寒の波を離るる波の尖(さき)        
雪だるま患部に雪をまぶし付け     
霊魂の戻るかたちに滝凍つる      
数へ日の寄席に己を匿ひぬ       
去年今年いのちつながりますやうに   
まつさらな空もちあぐる淑気かな    
初鏡おのが命を睨みつけ        
七草の日や絶食と告げらるる      
人日や同じ病ひの人の訃に       
麻酔にて知らぬ一日室の花       
春隣縫ひ目きれいな胸と腹       
あの世へは少し遅るる日向ぼこ     
春立ちて春にならうともがきをり    
病名に未だ怖るる余寒かな       
春陰や管ダ十本に繋がれて        
上枝より梅の木に入る一羽二羽      
冱返る妻にあたつて謝れず       
水ぬるむ五重塔に鯉跳ねて       
あたたかな雨聴いてゐる目覚めかな   
食べ物の飲みこみ難し燕来る      
茎立ちや病ひの先にまた病ひ      
竿竹に残る水滴ぼたんの芽       
啓蟄や栞を抜かぬままの本       
癌のことなかつたことに万愚節     
たれが乗る墓地のなかなるふらここは  
春愁や真の闘病術後より        
桜貝砂に包んで持ち帰る      
春暁の死者も生者も横たはる    
お互ひにいま逃水の中にをり    
有名な山の隣の山うらら      
目借時ひにち薬の効かぬ効く
シーソーに妻から浮いて夕桜    
花篝山のどこかに獣臭       
風なくば風なきやうにちるさくら  
無傷なり蝶々にまとひつかれても  
巣箱掛け最初の雨が降つてをり   
眠りへの入口しれず春逝きぬ    
航跡に碧湧き出す朝曇

2 comments:

四羽 さんのコメント...

良性か悪性なるか小鳥来る
たった一文字の違いが人生を揺るがす。世界は小鳥のようにふとなにげなくやってきて、人は運命に翻弄される。

桜貝砂に包んで持ち帰る
桜貝を持ち帰るのはよくあることだが、砂に包んで持ち帰ることはあまりない。砂浜そのもの、世界そのものをもちかえろうというのか。  

シーソーに妻から浮いて夕桜
年を取ってシーソーに乗ることはあまりないが、乗っている夫婦は見るからに仲がよさそうだ。夫はどうしても重くなってしまっているから、妻が浮いてしまう。あるいは妻が地をけって浮いてくれたのか。意外性はないが素直に美しい。

今話題の「私性」が全開ともいえる病床詠だが、子規の例もあるように感情の出る短歌よりも淡々とした俳句の積み重ねの方が向いているのかもしれない。

小池康生 さんのコメント...

四羽様
コメントありがとうございました。
未知の方からの感想、とても嬉しいものでした。