2015-12-06

〔ハイクふぃくしょん〕握手 中嶋憲武

〔ハイクふぃくしょん〕
握手

中嶋憲武
『炎環』2014年5月号より転載

ユッコとケンタは二人で帰った。あいつら怪しいよとヨシヒコが呟く。この頃練習のあとは頻繁に二人で帰る。つき合ってるのかなとぼく。いつからつき合ってるんだろとエリカ。ぼくらは大学の軽音楽部内で五人から成るバンドを組んでいた。アイドルの楽曲をコピーばかりしているコピーバンドだ。おもにねぎっ娘やドロシーリトルハッピーの曲を中心にやっている。ぼくはベース、ヨシヒコはギター、エリカもギター、ユッコはキーボード、そしてケンタはドラムという編成だ。ケンタ以外の四人が、それぞれリードボーカルを取れるという素晴らしいバンドなのだ。中で一番うまいのはエリカだ。ギターストラップを長めにして、腰の辺りでチョーキングしながらシャウトするのが、ひどく様になる。一流っぽい。顔に似合わぬ太い声のところもグッと来る感じ。ベタ褒めだ。

要するに惚れてしまったのだ。

虎視眈々。告白のチャンスの時機を待っている。ぼくは度胸がない。いつも一緒にいるのに、なかなかチャンスを作れない。チャンスを作ろうとしないのかも。断られた時の事を考えると恐いという気持ちが先に立つ。臆病。優柔不断。

駅へは公園の中を通るのが近道なので、三人並んでゆっくりと歩く。そろそろアイドルもんも飽きたかな。ヨシヒコが言う。ストーンズやろーよー。すかさずエリカが言った。ぼくはビル・ワイマンのベースなら出来ない事はないと思ったが、オリジナルをやりたかった。わが軽音楽部がコピーバンドの淵叢となる事を避けたかったし、自分たちの実力を学外で試してみたかった。曲も幾つか書いていた。ストーンズいいねとヨシヒコとエリカは盛り上がっている。でもオリジナルも、とぼくが言いかけた時、すごーいとエリカが呟いた。白い小さな綿埃が大量に舞っている。その白い小さな綿埃は意志を持って動いているように見える。ユキムシだ、かわいい。エリカが言った。虫なのかよ、これ。とヨシヒコ。耳かきの先っぽ程の虫が、のろのろと動いている。かわいいねとぼくは言ってみた。かわいいでしょ。エリカがぼくに微笑む。なにかロマンティックなセリフを言ってみたかったが、思い浮かばないので黙ってエリカとユキムシを見ていた。時よ止まれと願った。

駅でエリカと別れ、ヨシヒコとぼくは帰る方向が一緒なので、改札を抜けようとすると、ヨシヒコがちょっと軽くどうだと猪口を口に運ぶ仕種をする。バイトもなかったので、駅前の居酒屋に入った。

運ばれて来た中ジョッキで乾杯をして、お通しをつまんでいると、俺もエリカの事、好きだから。ヨシヒコがぽつりと言った。背中から冷水を浴びせられた気分だった。ぼくは顔を上げてヨシヒコを見た。真っ直ぐな視線とぶつかった。臆病ではあるが、ここは退く訳には行かなかった。ぼくも好きだから。宣戦布告のつもりだった。正々堂々とな。ヨシヒコが言った。じゃ、握手。ヨシヒコは力いっぱい握って来た。ぼくもありったけの力で握り返し、微笑んだ。

綿虫はイヤホンの音漏れが好き  西川火尖

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