2016-07-03

【週俳5月・6月の俳句を読む】別の時間 小久保佳世子

【週俳5月・6月の俳句を読む】
別の時間

小久保佳世子


黒岩徳将「耳打ち」10句に底流するテーマは「日常からの遠さ」でしょうか。なんとなく絵画化したくなる俳句でした。

芝桜埴輪の馬に短き尾  黒岩徳将

埴輪馬の尾に焦点を当てています。芝桜に照り映える古墳時代の明るい空気がイメージされ、シンプルな仕立てが句に広がりを持たせたと思います。

顔に巻く手拭ひ短か苗代田  同

どうも「短さ」が気になる作者のようです。頬かむりに余る大きな農夫の顔が可笑しくちょっと哀れ。「顔に巻く」は作者独自の素朴でリアルな表現だと思います。

明易や古墳と知らず昇りつめ  同

季語「明易」の違和感に中七下五の平凡さをひっくり返す働きがあるような。知らないうちに古代へ踏み込んでいたという感じですが思えば「明易」は朝と夜の境界なのですね。

六月の鼻緒に指の開きたる  同

「六月」がうまくハマっています。六月の情緒と写生の配合が上手すぎる、かも。絵に描くとしたら鼻緒は赤でしょうか。

だんだんに木々のひらけて時鳥  同

時鳥の目線からの句。「ひらけて」は森から林そして木の一本一本という感じに視界がひらけるということでしょうか。動きが巧みに詠まれています。

耳打ちの蛇左右から「マチュピチュ」と  同

突然の「マチュピチュ」。あの遺跡のマチュピチュではなく意味不明のおまじないのようです。神話の世界では、二一世紀とは別の時間が流れていることを思わせる句です。

サイダーや花屋の前の男たち  同

草食男子の淡さがサイダーにパラフレーズされているようです。と言ってもシニカルな味は薄いような。

汗が汗を匿ふアレクサンドリア  同

汗が汗を匿うとは、次々出る玉の汗のことだと思いました。アレクサンドリアの壮大感と汗の卑小さの対比が面白いです。

青林檎服をつかみしまま眠る  同

青春ですね。「林檎の木ゆさぶりやまず逢いたきとき 寺山修司」を思い出しました。

夏の夕とほき小芥子と目が合つて  同

目が合っていながらなお遠い小芥子。懐かしさと憧憬はある遠さがあってこそかもしれません。

第472号 2016年5月8日
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