2016-07-03

【真説温泉あんま芸者】ベネズエラの油田の味するキャラメルと知覚の虚実

【真説温泉あんま芸者】
ベネズエラの油田の味するキャラメルと知覚の虚実

西原天気


友人からもらった塩バター飴。


舌に載せた瞬間、「あ、ガソリンの味」。

ガソリンを舐めたことはないから、香りの話だろう。そして、「というよりも、ベネズエラの油田の味だな」。

ベネズエラに行ったことはない。それどころか油田にも行ったことがない。

ベネズエラうんぬんは噓ということになる。ガソリンの味、ガソリンの香りは、比喩、あるいは虚の表現、あまり驚きも工夫もない表現、ということになる。いずれにせよ、「ほんとうの現実」からは遠い。

なお、この飴、第一印象ならぬ最初の味がガソリンだっただけで、次の瞬間からはとても美味しく、舌の上で転がし続けたのでした。サンキュー・マイ・ディアー!

最初感じたガソリン味、油田の味は何かの間違いで、本来は塩バターな美味だったということでしょう。いや、ガソリン味・油田味は、じつは美味なんじゃないか。……と、もう、なんだかわからない。



俳句の虚実を言うとき、噓と本当、虚と実は、はっきり分けて考えなければならないことは当然。

鴇田(智哉) 「虚-実」に関しては(…略…)表現レベル。たとえば「ガラスの皿がやわらかい」(…略…)は、実生活ではありえない。でも表現としてはありうる。(…略…)一方、「噓-本当」というのは、あくまで実生活のレベルの話。俳句を「意味」で読み、ときには作品のテキスト外の情報までも含めて読む場合の話。大阪に行ったことがないのに「大阪に行った」という句を作ったら噓という、そういう話。『オルガン』第5号(2016年5月) 座談会「虚と実」

さきほどの「ベネズエラの油田の味」は、噓であり、同時に(たぶん)虚ということになる。



「噓・本当」については、別の機会に譲る。ここでは、表現の虚実について、分野を限定してお話をしようと思います。むずかしい話じゃあありません。ごくカジュアルな話題ですので、どうぞ、膝をお崩しになって。

吉永興子句集『パンパスグラス』(2015年12月/角川文化振興財団)に、こんな句があります。

  ジーンズの乾く音する電波の日  吉永興子

洗濯物が乾くとき、音を発するのだろうか。

聞いたことがない気がします。

音がしないとしたら、虚の表現。

表現として、なかなかのものです。乾く音が聞こえる気がします。分厚いデニムなら、きっと。絹のシャツなら、しない感じ。綿のTシャツでも、しなさそう。

ところが、ちょっと待て、するのかもしれない。そう思い始めたのです。



以前、俳句雑誌の座談会で、雪には匂いがないことを前提に話が進んでいて、驚いたことがあります。

え? するよ。


いや、ベテラン俳人がこんなに自信満々で「匂いはない」と言っているのだから、きっと、ない。

雪に匂いがあると思ったのは、そんな気がしただけ。あるいは、心が匂いを感じた(詩人か?)。


いや、しかし、

誰の忌ぞ雪の匂ひがしてならぬ  八田木枯

こんな句もある。

ただし、ジーンズ句の吉永興子も八田木枯も、乾く音、雪の匂いを、「実」ではなく「虚」として扱っているフシがある。

電波という目に見えないものとの取り合わせ。「電波の日」という歴史の浅いものとの取り合わせ。「してならぬ」という言い方。

ううむ、どっちなんだ?

雪に匂いはあるのか? ないのか?

雨の匂いなら、「ペトリコール(Petrichor)」と言って、すでに1960年代、雨がなぜ匂うかの研究があるという。雨が匂うなら、雪も匂うだろう。

いや、ペトリコールは雨が濡らした地面から来る匂いなので、雪は事情が違う、という考え方もありそうだ。

ためしに、すぐ近くにいた嫁はんに、雪が匂うかを問うてみた。

「ううん、どうかなあ。雨は匂うけどね」

「雨が匂うんなら、雪にも匂いがありそうじゃない?」

「どうだろう。でもね、味はするよ」

「え? 雪を食べたのか? どんな味?」

「不味かった! 汚れた空気の味」

「塵があるからね。雪の結晶の芯には」

味の話をしているのではなかった。



閑話休題。いろいろ考えてみた結果、雪の匂いも洗濯物が乾く音も、人によって嗅ぎ分けられたり、聞き分けられたりするのではないか、と思うことにした。

例えば、ヒトの耳が聞き取れる周波数域(可聴域)には、個人差がある(検査すると、平均と比較できます)。加齢による変化もある。

嗅覚の個人差は、聴覚よりもさらに大きいそうです。

してみると、聞こえる・聞こえない、匂う・匂わないは、個人によって違うと解したほうがよいのではないか。

だらだらと寸感を並べましたが、つまり、知覚に大きな個人差がある以上、表現の虚実も、こうとは決められない。

ややこしい問題です。

俳句における虚実。これは、もう、なんだかわからない。

虚とか実とか。そこにこだわったり、議論してみたりしても、得るものはあんまりないんじゃないの?

これがとりあえずの結論です。

(結論なんて要らないんだけどね)


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