2016-11-20

【週俳500号に寄せて】冬晴のドライブインに歩いて行く トオイダイスケ

【週俳500号に寄せて】
冬晴のドライブインに歩いて行く

トオイダイスケ


週刊俳句500号おめでとうございます。

検索でヒットする週刊俳句のなかの記事単体でなく、「週刊俳句」という存在として読み始めたのは第何号だっただろう、と思いバックナンバーを遡って見てみました。俳句を作り始めて少し経った頃、2013年の晩春~初夏頃だったはず。おそらく、第316号か。この号はリアルタイムで読んだ記憶が何となくある。

俳句を始めたばかりの時点でも、寺山修司の「目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹」の句は知っていたので、澤田さんのこの記事は興味深く読みました。

当時は「林田紀音夫全句集拾読」と「朝の爽波」が連載中でした。この二つの連載で取り上げられるたくさんの句に、しばしば魅了されたり殴られたような気持になりました。

私は高速道路のサービスエリアや道の駅という、ドライブインやトラックステーション的な機能を持つ場所がとても好きなのですが、週刊俳句という場にもそれらと同じ心地よさを感じることがあります。作風や考え方が異なる様々な俳句作家(と俳句読者)が、自分の居場所から出かけてきて(もしくは居場所に帰る途中に)、ここに寄って誰かと会話をしたり、インフォメーションをチェックしたり、きれいな景色を見て目と心を休めたり、写真を撮ったり。

今年の正月三日に故郷に帰ったときの写真を寄稿したくなったのも、古河の道の駅に寄ったときの安らいだ気持ちと、あの遊水地の広々とした開放感(それでいて重い歴史を地の底水の底に秘めている)からだったのかもしれません。

そこに何かを築き上げるためでなく、どこかに行こうとする誰にとっても寄ることができる場所として週刊俳句が在り続けたらうれしいです。私はサービスエリアや道の駅のそばに住み続けて、それらの場所に散歩に行ったりお茶を飲みに行ったりしながら暮らしていきたいです。


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