2017-08-06

『カルナヴァル以降』250句 金原まさ子

『カルナヴァル以降250句 

金原まさ子


「金原まさ子百歳からのブログ」抄(上田信治謹撰)

2013/1
雪女よ朱い爪皮の下駄で来たのか
大脳に火熨斗をかけてどうするのだ
狼いっぴきいま下さいかならず返す
鍵穴にちょろぎを詰める粛々と
空家ですが雪女三人躁の
ほうれん草乱入肉挽器困る
魚がうたう夜だよ黄色い洋燈だよ
書割りの森ゆく一番星刺しに


2013/2
憑く力失せて揚羽は行方不明
コルク張りのへやで黙秘のヒヤシンス
最高だチョコ持って佐助が不意に
反芻(にれか)むよ陽や風やタンポポや酢や
トヘトヘトーレ夜っぴてサンバでトヘヘロトーレ


2013/3
「おれのものだ」としゃべるインコよ春満月
躙り口からきしゃごきしゃごと出てゆけり
しゃこしゃこしゃこと蝦蛄があそべり砂まみれ
春月やきれいなめすおすだけ眠れ
初蝶を瞶たるばかりに盗汗この
共に死のうと赤貝と菜の花と
手ざわりがさかな匂いが蘭の花


2013/4
こめかみで眠らないでよ春の蛾よ
あつまって蝶を食おうよ見ず知らず
朧夜の切りたての耳ならぶ出店
めくれ春風美童ハラキリ図絵ですよ
ウェットティッシュ百箱うかぶ春の海


2013/5
連翹をかきむしりきれいな病人
藤がじぶんを白い足だと思いこむ
不眠の金魚 金魚玉の底あるく
跨ぐならしづかにすいかずらの垣は
バラ風呂に首ひとつ浮き向うむき
藤棚や身代り人形吊り下がる


2013/6
くらやみ祭へきらりきらりと蝶連れて
「ミシマー」と叫んで水飲むインコ夏あかつき
白い目のあれは花蒜のお化けよ
白桃をほうって遊ぶ父と母
芽吹きの森シャンパングラスが足りないよ


2013/7
赤唐辛子食いちぎられていたんだよ
夏のすみれは毛物のにおいしておりぬ
草蜉蝣のあらそう音や奥座敷
「類」が吹く塚のうしろで草笛を
足ふかく挿し入れ多佳子忌のタンゴ


2013/8
ぬらりひょん(滑瓢)と昵懇のはは猿酒出す
葡萄畑と思ったのに耳が生(な)っていた
童貞老い白さるすべりの家に住む
月光のアロハの老婆立ち漕ぎの
「あのね」ではじまるひとりごとふたくち女の
ずたずた熟れの無花果を舌ごとみじんぎり
かくしカメラが海月の足につけてある
ぽろりと耳が七味と葱を用意せよ
マグロのトロの裏側も診て口腔科


2013/9
ストローで臍から神を吸いあげる
百合截ってほかにもなにか切りたい日
ああ絢爛そらいちめんの桜えび
愛憎のまなこを萩へぬらりひょん
秋蝶を殺っていません白い昼
月の夜を鈴つけて男すぎゆけり
歯がまっしろ号泣のカンナの口
赤鱏のおなか見たのは偶然よ
「いいーだ」とおはぐろの歯でいちじくは
折りたたまれてららら秋の蛇抽斗へ
なまぬるいけもの道だな蛍とび
わらいたくて白曼珠沙華声を出す


2013/10
「朕惟フニ」と唱えザボン酒をのむ秋ぞ
納屋をあけるとずぶ濡れの蚊帳がいた
じんじんと秋夕焼の共喰いよ
月光が熱いあついと泥の蝶
胸の穴に刃をさし込んで虹を見に
桔梗が憑くので胸いっぱいに青い痣
相席の梟とおなじパスタ食う
月へ向きひとりあそびの金蠅は
焚火のなかで溺れているのは小指だな


2013/11
酢で食うと云えば山女は取り乱す
いちじくの木に鬼いてサイレンが鳴っている
菫挿しやすしたて長の臍なので
異母弟と海へしぐれの人力車
異母妹がころぶ玄関石蕗の花
抱擁の父子よ厚物菊の前
ずぶずぶと麦とろを食う星月夜
イエス想うとき狼の毛の代赭色
顔が変!部屋通りすぐ葱の精
片腕をはずして抱いている月夜
繃帯をひきずってゆく野菊道


2013/12
いましぬとむこうもふゆかサムゲタン
階段に蜜を垂らすな舌がくる
上体を反らすと冬の卓袱台が見える
こらえきれずに酢牡蠣を食うよストーカー
赤いバケツがなぜあちこちに茸山
烏賊の血で書くから青い誤字脱字
主の胸にヨハネはもたれ星は瞶て
来世など指鉄砲でうつ梟
冬の金魚といのちをあそぶ時間帯
雪の夜の痴れ虫となり徘徊す
絨毯にくるんで私が捨ててある
震える神口いっぱいの雪虫嘔き
あさってからわたしは二階の折鶴よ


2014/1
脳のような白いケーキとエスプレッソの店
目は水で唇は水銀で濡れる冬
鯛の海へマンジョウミリンどばどばと
お入りようす味の鳩肉の店ですよ
雪椿は木に縛られて咲くのです
冬ふかく裏二階へゆかねばならぬ
雪が来る梁に吊るされ漢の手
闇汁から眼球ひとつ煮こぼれて
見えるので葱のむこうを視てしまう
留守番のアンドロイドへ鰭酒を


2014/2
春分のああガチで雪の降ることよ
紅梅と紙のおむつをちら見かな
隣家からさびしい芹がかおを出す
お煮付のキンメは麿赤児のよう
化粧してトナカイの肉食べる会
おんなことばや菜の花和えを箸の先
金鳳花たべちらかして髑髏かな
蛇山がわらう麓がしんとする


2014/3
たとえばきみ左手呉れと云われたら
うつぶせに寝るなら春の水の上
小鳥死んだら春夕焼と入れかわれ
白鳥は皮ブルゾンと同じ香(かざ)
山羊の脳入りカリースープをイエズスと
春の月ゆらりと象の鼻ピアス
なめくじ逃亡塩ふりはらいふりはらい
酢につけてから虹を食う姉・妹


2014/4
星踏んだらし土踏まずの青痣
霊界行バス白い椿で満席よ
永き日のまだ魚でなく鳥でなく
緋桜の前で「頼もう」と云うてみよ
蜜蜂が歯痛しつうと云うてくる
牡丹園あゆむサスケと白い雲が供


2014/5
空蝉をゆさぶっている笑いかな
ボーダー着て縞馬に乗る女かな
主に瞶られ鯛の目すくう舌の匙
あれは蛍が水飲む音か又は姉が
画鋲ばらまかれ月光の通りみち


2014/6
扉のない部屋から天道虫出てきたよ
(よ)ござんすか影ごと小鳥埋めても
蟻地獄を弄(あそ)んでおれば音楽が
心得てパセリ出てくる時と場所
舌まっくろでサクランボのせてキリンは
鎖骨のくぼにリキュール黒揚羽のため


2014/7
パン切り俎の上でかまきりの自刃
はっ!老人がHO^KEIだ関節人形展の
ほんとは人ではりがね虫ではないのです
西瓜だすいかだと泣き西瓜割るおとこ


2014/8
霧濃くて噛み切られたガラスのマドラー
ラストオーダーはモロッコインゲンと臍の炊いたん


2014/9
びいどろ屋のまひるの小火に異存ある
巫山戯るなと書いてから縞蛇を縛る
酢水雲を司祭と啜るこの世かな
夕顔にさっと血しぶきそれを活ける
おまるお通りうす黄の水に伽羅沈め
千切り食う肉切れ月下の美人たち
ノックして逃げ焼栗を買い戻る
戸袋のなかの起き伏し月光夫妻
老人がだきついている石榴の木


2014/10
風のいちじく見にゆく途中すこし変
露地ふかく秋の男の朱鼻緒


2014/11
ひとつお取りよ今夜は星をばら撒くから
おっぱいに痴れ痴れて寐る赤子かな
これは産道の黄よ公孫樹並木の黄
ハミングの男がふたり鹿になる途中
白椿落ちて腐っても着衣で
昼風呂に誘うときムササビのしずか


2014/12
エイはミタ目をあけたまま眠るから
女郎花の根元はわけがわからぬよ
白玉がのどに詰まっている月夜


2015/1
元日の花屋の小火に異論ある
きれいなうそ寒夕焼を刺したこと
鶴のこえして七草のなかぞらよ
お仕置というよろこびかあんこうは
葱提げてネクロフィリヤの姉妹かな
赤い雪降りかぶりたし裸身にて
凍蝶を洗いたいのよ寒月光
凍蝶のいまわは真赤な舌を見す


2015/2
血圧ゼロうすいむらさきクロッカス
MRI出て食う蟹の脳神と
蝶の目のきらっと熱が九度三分


2015/3
春・水銀の珠もてあそぶおんなかな
しづけさや菫が浴びる神のしと
溺れつつ顔あげる度酢牡蠣かな
桜鯛の片身をもらう夕焼も
水底で唄っていたよ鸚鵡なら


2015/4
夜桜が咥えているのは白ねずみ
少年を食べつくす群らがって蝶たち
内科クリニックへ鱏を同伴花月夜
朧夜の小部屋に忘れ耳ふたつ
月光で洗う水蜘蛛のまはだかを


2015/5
五月の夜で兄を視ている弟よ
魂で生きよ夕陽で赤い蓑虫よ


2015/6
クローゼットのほの暗さこそ百合二本
月曜日の朝ですブランコに義手が
黄揚羽の舌ひるがえる階段よ
赤い斧提げて花屋へ修司の忌


2015/7
不安なので新じゃがが煮崩れている

2015/9
はつあきの腿青猫がのせてある
片腕は黄泉へさしこみ石榴の木
かねこさんをかるくいじっている満月


2017/2
西洋葱の青い所でハルポといる
一本葱は傷だらけ二本葱は共狂い
絶版が積まれびらんびらん真赤だ
讃えよああ花魁草の風ですよ
春昼のほとけの嵩をはかるかな


2017/3
まっしろのほとけの嵩のおそろしき
指切りの指ではないか春の小川
桜の森だよピンクな浮腫の下肢百本
絵蝋燭神たちからだ汚しあう
逆流性食道炎あら指が


2017/4
月光の黄ちちくびの黄菜畑の死
蝶の筥へ三日月が忍びこむ
死にたてよ八重桜きて包みこむ


【ブログ終了】



「らん」62号
ざくろ酒

完熟のザクロ酒姉をのみつくす
ああこれは天使魚の盗汗の香
ハッカパイプ拾う書割りの街で
牡丹割き隠れ座敷の三客人
蚕豆の莢を出入り木霊かな
月光がでで虫を抱きだきころす
ウエットティッシュ百箱うかぶ春の海
ゆく春の毛ものいちにち毛づくろい
ウォッカとくさやと津軽三味線と
豹柄の老斑湯漕に棒立ちよ
キッチンに柳の精はもういない
ひざまずき接写菫が脱ぐので
魚が歌う夜だよ赤い洋燈だよ
不味いか美味いか抽斗のするめいか
ユダ恋うとき狼の毛の代赭色
くらやみ祭この手ざわりは神か
疾走の蛇に飛び乗りとびさりぬ


「豈」56号
おためし小皿料理

紅梅と赤子のおしり見較べる
絨毯にくるんで私が捨ててある
山羊の脳入りカリーゴートをイエズスと
夜の桜裸形を洗うしごとかな
鼈にすっぽんスープ飲ませおる
舌で拭えくちびるのマスタードと韮は
藤はじぶんを白い足だと思いこむ
スパゲッティボンゴレビアンコそれできまり
翅たたまずに眠る初蝶きのう破瓜
ピュアペイスト匿すとすれば雪間かな
人のかたちに砂掘っている月夜の子
あさってからわたしは二階の折鶴よ
シナリオのはじめは麦秋の外厠
見えるので葱のむこうを視てしまう
骨色の牡蠣を酢で食い兄・弟
主従という焼リンゴと皮の部分
ウタマロのタトゥー全開斑雪野ゆく
ことんことんと海鼠が階段おりている
春陰の綴じ目綴じ目のかんぜより
月濡れの花茣蓙よおいしゃさまごっこの


朝日新聞「あるき出す言葉たち」
煌々と

煌々と爪切っており象の爪
そのドアではない嵯峨菊の寝所は
墜ちてくる秋蝶すばやくラップせよ
酢もずくのような水ぐもが皿の上
通花火父のかたちがうしろより
血が軽い赤子と虎の皮に寝て
昼月よくらげが溺れている海よ
木守柿盗人指紋消してある
星踏んだらし土ふまずの青痣
イエズスとユダを沈めて大花野
芒野にいて躁のひとといるような
チャイム鳴るまで緋烏瓜の揺れは


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