2018-03-11

【週俳2月の俳句を読む】じっと見ている 山岸由佳

【週俳2月の俳句を読む】
じっと見ている

山岸由佳



一月の大雪で思い切り滑って転んだ。長野県生まれなので雪には慣れており、テレビで雪で滑っている映像や怪我について報道されるたびに、「転びすぎだろ!」と内心思っていた。しかし、転ぶのである。
一週間ほど松葉杖で暮らしたが思った以上に歩くのは大変だった。当事者であることと当事者ではないことの溝は埋められないと思う。しかし想像することをやめてはならない。

東日本大震災から七年経とうとしている。


燃えるゴミ隠れてゐたり雪の宿
 黄土眠兎

菜屑捨てしそこより春の雪腐る  寺田京子

どちらの句も刹那的な雪に対して、日常とは切り離すことができない屑を詠み込んでいる。
寺田は、人間の営みによって雪が汚れる様を、瞬
時に腐るという鋭い切り口で詠んでいるが、菜屑
はやがて土に帰ってゆく。
一方、黄土の句はまた別の視点であり、時間の長さとともに、美しい雪はゴミまでも隠してしまったということか。淡々と詠んでいるが、どちらの句に不穏さを感じるかといえば後者である。

雪靴の試し履きなり雪を踏む
  黄土眠兎

普段は、雪に接することのない作者なのだろう。買ったばかりの雪靴を履いて、子どものように履き心地を試している。試し履きだったはずが、いつの間にか、雪の上をどこまでも歩いていってしまいそうな無邪気さだ。
そういえば、子供の頃ブーツの裏のいろいろな模様が雪にくっきりと残っているのを見て歩くのが好きだった。


のど飴を温めている紙懐炉
   野口 裕

「酒量逓減」というタイトルからも伺えるように少し体が疲れているのかもしれないなと思う。
本当は体を温めるための懐炉だが、のど飴も一緒に温まっていることに気がついた。飴の甘さとぬくもりが口中にじわじわと沁み込んでくる。疲れている時はななおさらだ。自分の内側へ向かっていく感覚はどこか孤独を感じさせる。

まじり合わぬ空気のかたまり春の雪
  野口 裕

意味を考えだすと正直どう解釈してよいのか迷う
句である。まじり合わない空気?空気のかたまり?どちらも頭の中に上手く描くことが出来ないからだ。伝わってくるのは春の雪の浮遊感と静かさ。春の雪そのものの感覚を言葉で掴もうとしたのだろうか。あまり理屈を考えるのではなく、春の雪を見るように、ただこの句をじっと見ていればいいのかもしれない。


日脚伸ぶ赤子のおなら逞しく  堀切克洋

人はいつから羞恥心も持つようになるのだろう。おならをしたら恥ずかしいという感情は、赤子にはまだない。ただ純粋に存在しているだけだ。
この句のおならは生きていることそのものであり、どこか神々しさまで感じる。健やかさと開放感が魅力的だ。赤子の未来を祈るように、外はまだ明るいことに気がつく。

羽の国の熱燗よろし冷も良し  堀切克洋

羽の国とはどこだろう。羽という言葉は当然、鳥を連想させる。ふわふわとした羽はお酒を飲んでいる時の気分とつながるものがあるのかもしれない。お伽噺のなかに入り込んでしまったようでもある。熱燗も冷もどちらも良しというおおらかさも心地よい。私はお酒が飲めないのだが、とても美味しそうで少し羨ましくなった。


冬空の下に今上天皇と香香と  川嶋健佑

「天皇は日本国の象徴である」と学校で教えられた時、とても不可思議な気持ちになった。象徴という言葉が上手く飲み込めなかったのと、何か特別な存在であることへの素朴な疑問からだったように思う。
さて、冬空の下の香香は上野に生まれたパンダの
シャンシャンだろうか。上野のパンダは長い間、日中国交正常化としてのシンボルでもあった。生まれたばかりのシャンシャンも国民的なものになりつつある。
冬の空の下に象徴としての存在が二つ。



堀切克洋 きつかけは 10句 ≫読む
第564号 2018年2月11日
野口 裕 酒量逓減 10句 ≫読む
第565号 2018年2月18日
黄土眠兎 靴 10句 ≫読む
第566号 2018年2月25日
川嶋健佑 ビー玉 10句 ≫読む

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