2018-03-04

肉化するダコツ⑥ 寒雁のつぶらかな声地に落ちず 彌榮浩樹

肉化するダコツ⑥
寒雁のつぶらかな声地に落ちず

彌榮浩樹



蛇笏から極私的に学びとった俳句の秘密。
それをめぐる考察、その6回目。

掲句、(やや時季はずれかもしれないが、)まさに蛇笏らしさが濃厚に現れた「ド蛇笏」な句だと思う。

空で寒雁が鳴いている。散文的に表現すればそれだけの内容が、俳句の型のリズムに嵌まり、蛇笏特有の措辞で表現されることによって、シュルレアルな<触感>を濃厚に帯びた、幻想的と言ってよい俳句作品になっている。

まず「つぶらかな声」について。
これは、<共感覚>という、詩歌の定番のレトリックだと分類できるだろう。
「つぶらか(円らか)」=まるくてふっくらしているさま。
「つぶらな瞳」も、「つぶらな小山」「つぶらかに白く肥えた赤ん坊」も、視覚的にとらえた印象(あるいは形態・量感)を、視覚的な「つぶら」「つぶらか」で形容する、穏当な・真っ当な表現だ。辞書にはこれらが例文として掲げられている。
ところが、「声」という音を「つぶらか」という視覚形態的な言葉で形容する(さらに「地に落ちず」と物質的に形象する)のは、非日常的な措辞であり(うまくいけば)不思議な印象を与えることができる。
<共感覚>とは、このようにいわば単純な仕掛けであるのだが、もちろんできあがったときの巧拙は決定的に分かれる。とりわけ極短詩の俳句作品においては、その<共感覚>の措辞が句の魅力の(ほぼ)すべてになるから、そこに<不思議=驚き>と<納得=実感>の両立(というよりも止揚)がなければならない。すなわち、そこに、シュルレアル(現実を踏まえて現実を超える)の現出が、その鍵の<触感>の発生が、なければならない。

掲句の「つぶらかな声」は、その量感、張力とつや、が、物質的な感触すなわち<触感>として感じられるのだが、それは、(いつものように)韻文として措辞の<オノマトペ化>が果たされているからでもあろう。

a 寒雁のつぶらかな声地に落ちず
b 寒雁のつぶらな声や地に落ちず

bの「や」が気に障るならば、「の」「が」「は」等お好みの助詞を入れて、まずa「つぶらかな声」とb「つぶらな声」とを見比べて(感じ比べて)いただきたい。丸みを帯びた量感においては、abの差はあまりない、というよりも、むしろbの方がくっきりと丸い、なのかもしれない。aの方が大きくてやや淡い丸み、bは小さくて鮮やかな丸み、か。ただ、bと比べてaは、「つぶらか」の「か」音が、句全体の「かんがん」「こえ」のk音と響きあって、丸みだけではなく冷たさ・硬さをも感じさせる。つまり、この句のシュルレアルな<触感>をより肉感的に現出させる。

そして、aとbとのさらに決定的な差として、aは「つぶらかな声」と中七に七音が詰まっていて、bのように「や」「が」「の」「は」が入ることがないまま、「~声」でほんの一瞬スリットが入り下五の「地に落ちず」につながるために、「つぶらかな声」が宙にあるその浮遊感・飛翔感をまるでCGのように感じさせる。五・七・五という俳句の型が、句の立ち上げるイメージを立体的に造型している、のだ。
この、中七の措辞との関係によって、aの「地に落ちず」は描写・造型である(つまり、「地に落ちず」という<触感>を感じさせる)のに対し、bの「地に落ちず」は説明に堕している(つまり、「地に落ちないんですよ」という概念を提示するだけの)ように思われる。

かといって、

c 寒雁のつぶらかな声宙にあり

と、中七はそのままに下五をこう変えると、これまた、シュルレアルな<触感>を感じさせるに至らなくなる。措辞が単純すぎるのだ。原句aの、否定形という屈折、「ず」音のオノマトペ化が、<不思議=驚き>と<納得=実感>の止揚を支えているのだ。(cは、相対的に、龍太っぽい、のかもしれない)

それにしても、これまで縷々語ってきたこの蛇笏の特質、SF・ファンタジーにも通じる感性について、たまたま読んでいた小林秀雄の文章の一節が示唆的だと感じた。
「信じることと知ること」の、柳田国男「遠野物語」を語る一節だ。

(略)山びと達の生活は、山の神々との深刻な交渉なしには、決して成り立たなかった(略)。彼等の生活は、山野にしっかりと取巻かれて行われていた。彼等は、自分達を捕えて離さぬ山野に宿る力、自分等の意志などからは全く独立しているとしか思えぬ、その計り知れぬ威力に向き合い、どういう態度を取って、どう行動したらいいか、真剣な努力を重ねざるを得なかった。これに心を砕いているうちに、神々の抗し得ぬ恐ろしさとともに、その驚くほどの恵みも、これを身をもって知るに至ったのである。

この「山びと」に蛇笏を含めるのは強引すぎるかもしれないが、蛇笏の句の基調には確かにこうした感性がある。結果として、掲句のような、アニメ世代・CG世代の読者もドッキリさせるファンタジック・SF的味わいの蛇笏の句は多い。冒頭に「ド蛇笏」な句と述べたのはそういう意味でもある。
他のそんな句を、ほんのいくつか。

鞴火(ふいごび)のころげあるきて霜夜かな
雪山を匐ひまはりゐる谺かな
恍として高濤の月はつ昔
寒の月白炎曳いて山をいづ
川波の手がひらひらと寒明くる

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