tag:blogger.com,1999:blog-6325915141711411690.post1035843408310870359..comments2024-03-25T12:03:13.555+09:00Comments on 週刊俳句 Haiku Weekly: 落選展について 上田信治Unknownnoreply@blogger.comBlogger2125tag:blogger.com,1999:blog-6325915141711411690.post-36826612086271687462009-04-13T23:50:00.000+09:002009-04-13T23:50:00.000+09:00信治さま素晴らしく熱く真摯なご回答ありがとうございました。>もっと、新しい俳句が見たい。それが生まれ...信治さま<BR/>素晴らしく熱く真摯なご回答ありがとうございました。<BR/><BR/>>もっと、新しい俳句が見たい。それが生まれようとする熱と苦しみが見たい。そして、もっともっと、毎年「スタア誕生」が見たい。他ジャンルで、機能している新人賞というものは、当たり前に、そうなっているわけです。<BR/><BR/>落選展によって、新人賞を活性化させる、信治さんおっしゃるところの「機能する新人賞」に近づけるというお考え、納得です。<BR/><BR/>いちばん共感したのは、<BR/><BR/>>多分、いちばんの不満は、なんで、もっと、みんな目の色変えて、応募しないんだよ、ってことかもしれない(まさかの、一般読者責め)。<BR/><BR/>これに尽きるかもしれません。自戒もこめて。これがないと「機能する落選展」にならない気もしますし。それこそ角川に喧嘩売るとかしないかぎり。。。<BR/><BR/>あと、機能するためには、やっぱりフォローが大事だと思いました。週俳の「○月号の作品を読む」みたいなことが必要なのではないか。現状は、ひじょうにネットっぽい「表現の垂れ流し」状態になってしまっているというのが残念だと思います。<BR/><BR/>最後になりましたが、鮟鱇さんから、読者の立場からのコメントがいただけたのが本当にありがたかったです。感謝申し上げます。参加者の方々にも不快な思いをさせてしまったかもしれません。ごめんなさい。鮟鱇さんも述べられていましたが、参加者の方々の心意気には敬意を表します。そして、これも鮟鱇さんがおっしゃるとおり、落選展はまだ始まったばかり、今後どう展開するか、「機能」していくのか、たのしみにしております。<BR/><BR/>ちょっと優等生的発言になってしまいましたかね。では、最後の最後に、<BR/>ぼくが落選展に出すときは、「おれの作品の方が受賞作よりいいだろ」ってときです。さるまるnoreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-6325915141711411690.post-89399402622685739882009-04-13T23:36:00.000+09:002009-04-13T23:36:00.000+09:00上田信治様 獅子鮟鱇です。 玉稿拝読いたしました。私なりに味読させていただきました。>だいいち、出し...上田信治様<BR/><BR/> 獅子鮟鱇です。<BR/> 玉稿拝読いたしました。私なりに味読させていただきました。<BR/><BR/>>だいいち、出したもの、読ませたいじゃないですか!(あ、本音だ)<BR/><BR/> 落選展に投稿されたみなさんの志がよくわかる言葉だと思います。<BR/> 読ませたい、ということ、作る以上、いっとう大事にされるべきことだと思います。言うは易く、ですが・・・<BR/><BR/>>多分、いちばんの不満は、なんで、もっと、みんな目の色変えて、応募しないんだよ、ってことかもしれない(まさかの、一般読者責め)。<BR/><BR/> 俳壇では、読ませたい、がきっと、大事にされていませんね。俳句人口一千万人のうち、角川でさえ応募者が八百人、というのはいかにも少ない。<BR/><BR/>>「選」が絶対であるのは、師弟関係においてであって、それを公募賞の選考委員と応募者に当てはめるのは、「選」という語の用法として、カテゴリーミスではないか。<BR/><BR/> 師とは、選んでください、という関係がありますし、賞と公募者の間にもそれがあるとしなければなりませんが、賞の選者との間に、選んでください、が成立するのかどうか。師は一人、選考委員は複数、そこで、選んでください、を誰に向かっていえばよいのか。<BR/> 師は一人、選考委員は複数。しかも、選考委員のみなさんは、一人につき何十という句の全部を見て受賞を決めることになるのでしょう。そういう場では、減点法による選別が働いて、真に優れた一句を探すのではなく、誰からも欠点を指摘されない安定した作句能力を持つ作者が、選ばれることになると思います。選考委員の誰にも異論のない作者が数名残って、あとは多数決でしょうか。<BR/> 真に優れた一句、選考委員は各々数千の句を読むなかで、それを見つけている、と思います。しかし、それらを持ち寄って合議で受賞者を決める、となると、果たしてその真に優れた一句が、賞の決定に機能しているかどうか、はなはだ疑問です。<BR/><BR/> そこで、「出したもの、読ませたい」には、受賞とは別の次元で、読者の味読願望に応えてくれていると思います。<BR/> 私は、一読者としてですが、落選展を私が読むのは間違いではない、と思います。そういう読みの場があることは、ありがたく、感謝しています。獅子鮟鱇noreply@blogger.com