2010-04-11

オーロラ吟行 第2日 フレッド・マイヤーに嵌る 〔後篇〕 猫髭

オーロラ吟行
第2日 フレッド・マイヤーに嵌る 〔後篇

……猫髭 (文・写真*


承前・第2日 フレッド・マイヤーに嵌る 〔前篇〕

実は、初日はフェアバンクス観光の予定をこの道10年のNさんにいろいろ組んでもらっていた。東京の鳩バス・ツアーのようなもので、初めての町へ行った場合は、一通り町の歴史や文化に敬意を表するのが正しいお上りさんというものである。いきなり地図も持たず、行き先もわからず電車に飛び乗るなんてえのは、フーテンの寅さんと、結構毛だらけ猫灰だらけの猫さんぐらいのもんだ。さあ、お立会い、フェアバンクスと言えばオーロラだけじゃあないよ。アラスカの「黄金の心臓Golden Heart City」と呼ばれるこの町は、1902年に砂金が発見され、ゴールド・ラッシュに湧いた町である。西部劇に出てくるような昔の町並みや、アラスカ横断1280キロに及ぶ石油のパイプラインに、砂金浚渫場。日本人観光客に大人気、って、俺たちしかいねえよ。あ、「夏だけ」ってYELLOW MAPに書いてある。今は春、は名のみの風の冷たさ~。

というわけで、ぬくぬくのオーロラハウスで越冬するだけの食料をカートに山ほどゲットしたせいか、脳内ホルモンどばどば出して御満悦の奥方様を乗せ、一路スティーズ・エクスプレスウェイを北上。それにしても、物価の安さは日本の比ではない。日本だと鶏の脚1本でも380円くらいするのに、こちらは同じ値段で、6本、それもこれニワトリ?ダチョウじゃないよねというほどでかいのが三匹分というコケコッコーなお値段。

日本の風邪アラスカで治りけり  千鶴羽

え、風邪ひいてたのお?そうなの。でも買い物したら治っちゃった。恐るべし、フレッド・マイヤー!

まだ明るい雪道を走っていると、右側にぶっといパイプが山の下を這うように続いている。りんさんが、あれがパイプライン!と叫ぶ。石油のパイプラインが鈍く銀色に光りながらハイウェイと並行して走っている。行ってみる?うんにゃ。後部座席も無言のパス。りんさん曰く、はい、皆さん見ましたねえ、これで第一の観光コース終了!

左手を見ると、西部劇時代の名残のような朽ちかけた建物が雪の中に並んでいる。よく見るとGold DredgeNo.8と書いた看板が見えるので、ここが砂金の浚渫場かいとりんさんに聞くと、ハイ、ここがそうですと言う。下りて見る?うんにゃ。川凍ってるもん。ハイ、見たね、見たね、これで第二の観光コース終了!やったね、10分で二つ観光コース回っちゃった。という罰当りな観光ツアー御一行様。

その上(かみ)は砂金を浚ふ春の水  猫髭

「タートル・クラブ」は、地図だとフォックスという地名を左折してすぐのところにNさんがマーキングを入れてくれている。アラスカの標識はとても小さいので、話しこんでいると見過ごして行き過ぎてしまう。なにせ貴方まかせのりんさんに貴方まかせの猫さんコンビ。りんさんは猫さんが地図を見ていて教えてくれる「はず」と思っているし、猫はりんさんが運転してるんだから、当然標識はウォッチしている「はず」と思っているから、どちらも貴方まかせの「はず」押しの一手で、何度もUターンの夕子さん、どすこい。後部座席の大君・中の君は楽しかったフレッド・マイヤーの余韻にひたっているのか、寝ているのか、静か。

狐、狐と標識を見ていると、あった!この狐道がまたフリーウェイと違って狭くて雪で真っ白。と、りんさんが右手の大きな建物を指して、あれがアメリカ最北端のビール醸造所と言う。「シルバー・ガルチ」と言ってね、ここもレストランがあるらしくて、Nさんのお薦めなんだ。地ビールのブリュワーと聞いては素通りしては酒の神様バッカスさんに失礼であると、敬意を表するために立ち寄る。


入口にオリジナル・グッズを売っている店があるので、レジのおばさんに聞くと、店でビールを選んで瓶に詰めてもらい、それをここで受け取るシステムだという。棚にもいろいろグロッサリーのようにマスタードやTシャツや帽子を売っていて、デザインもいいし、雰囲気もいい。これは大当りではないかと、ビールを買うためにバーのカウンターへ行くと、むらむら姐ちゃん、じゃなくてとても綺麗なブロンドのバーテンダーがにっこりウェルカム♪で迎えてくれて試飲させてくれると言う。

ビールのメニューを見ると、国内外のビールが何百種類もあり、壁のショーケースには見たことも聞いた事も無い壜ビールがぎっしり。この店のオリジナル・ビールも12種類あるので、こういう時は正直に、沢山あり過ぎてわかんないから、バーテンさん、あなたのリコメンドはなあに?と聞くと、マリリン・モンローのように唇をすぼめて「キッス・オブ・シェイム」。はじらいのチッス、う~ん、サウンド・グッド♪一口サイズの試飲グラスに注いでくれたやつを飲むと、みんなで顔を見合わせたほど、これが旨かった。地ビール特有のコクと香りが溢れるが、切れ味が凄い。喉をスパッと小気味よく駆け抜けて行く、しかも後味にブーケのように芳醇な香りを残す。これは悪魔がイブをそそのかすようなキッスの味と言えるだろう。ヤムヤム♪

実はヤムヤムというのは幼児語でウマウマという意味であるが、それをわしのような変な外人の爺さんが言うから笑いが取れます。サービスも加速。次は「怒れる猿」Angry Monkey飲みたい。あ、これ駄目だわ、強烈過ぎ、うへえ、アルコール14%!「鉄の犬」Iron Dogというのもあるが、やめとこう、胃袋噛まれそう。「AKIPA」というアメリカを発見したコロンブス御愛飲のビールを試してみようか、フィッシュ・アンド・チップスを食べながら飲むとデリシャスだそうなと、次々、りんさんと、ごめんね、このピルスナーも、アンバーも、ラガーも、ポーターも、ペイルエールも呑みた~いと言うと、明るい笑顔でユア・ウェルカム♪、それがわたしの仕事だか~らと、うれしい返事。全員ペコちゃん顔で飲みまくる。結局ほとんど試飲して、最初の「The Kiss of Shame」とインディア・ペイルエールの「AKIPA」を、取っ手のついたでっかいボトルで2本買う。「酒はおいらのガソリンだ」by猫髭。これだけおいしい地ビールだと、食べ物も良さそうと思うが、今日はとりあえずフェアバンクス一のレストランへ行きましょうと地図を見ると、道路の向い側がそうだった。

車に乗ると、りんさんがこの近くに源泉があると言う。アバウトな割に飲み食いには周到なりんさん、ペットボトルまで持って来ていると言うので、すぐ近くなので、またハイウェイを上って汲みに行く。小さな小屋があって、何組か次々にでっかいガソリンタンクのようなものを持って汲んでゆく。ボタンを押すと蛇口から水がどばどば噴出し、それを受ける形になる。味見すると柔かい味でヤムヤム。ペットボトルに詰めて、いざ「タートル・クラブ」へ。


きくきくと粉雪踏んで源泉へ  薫子

寒泉の一途に白く濁りけり  りん

「タートル・クラブ」というのは名前の通り、入口に亀の置物があるレストランで、亀の肉が出るのかというと、さにあらず、プライムリブ・ステーキ。よくクリスマスになると七面鳥とかロースト・ビーフとかを欧米人は食べるが、あのロースト・ビーフのとてつもなく分厚い奴であります。この亀倶楽部の建物はログ・ハウスのような古きよき時代の建物で、入口からワインのコレクションが並び、なかなか由緒がありそう。


停電かというほど暗いアメリカ特有のレストランの照明の下で、老眼鏡を取り出してメニューを見ると、日本に比べれば安い。一番小さいFoxy Cut で$22.95(10-12oz.)。約2000円。ミディアム・サイズの Turtle Cutで $24.95(14-16oz.)。約2200円。ラージ・サイズのMiners Cutで $33.95(20-24oz.)。約3000円。狼のように飢えてもいないし、小の狐カットと中の亀カットの二つでシェアして充分だよねと話し合う。ワインは肉なので赤ワインをりんさんの好きだというアルゼンチンのマルベックで頼む。焼き方はミディアム以上で無いと味は保証しないと、恐いこと言うので、じゃ、ミディアムで。


肉が来ました。「情け無用のジャンゴ」てな感じでど~んと。狐も亀も関係ない、どちらもでかい!切って取り分けようとしたら、肉の筋が切ってない。プライム・リブというのは、リブロース肉という骨付きの柔かい部分をオーブンでじっくり焼くから、とても柔かくてジューシーなのだが、筋だけは最初に切っておくのに、これがあるからなかなか切れない。肉汁を煮詰めて作るソースの味も変。古過ぎる醤油を地ビールで伸ばして濁った肉汁と混ぜたような味。口直しにマルベックを飲むと、これ赤玉ポートワインじゃん?というほど甘い。べー。プライムリブはピンク色なのに、ここは限りなく不透明に近い真っ黒黒助。焼く前に塩胡椒して肉を熟成させるのだが、これ腐るまで熟成し過ぎじゃん?りんさんも「失敗」という顔をしてもぐもぐ。大君、中の君も、もぐもぐもぐもぐもう食べられないと全員お腹がグルジア共和国。こういう時、ベテラン俳人は凄い。ただでは転ばない。俳句で元を取る。

目借時プライムリブの巨大なる  千鶴羽

出ました「目借時」。出るかよ普通、極寒のフェアバンクスで。以後、千鶴羽中の君は「目借時極彩千鶴羽」、略してMGTと呼ばれることになる。

アメリカの肉は赤身で、日本のような霜降りなど無い。ザ・肉!という味で、赤黒くなるまで熟成させた奴を、塩胡椒だけで、普通はミディアム・レアのステーキで食べる。プライムリブの味付けはベースは肉汁と塩胡椒なのだが、フランス料理の影響でビールを香り付けに塗ったりする。しかし、亀さんのリブは、どうも肉の旨みが感じられない。結局、でかいドギーバッグに残りは詰めたが、ほとんど四人で一枚しか食べきれなかった。

食事の途中で、どやどや日本人かなと思われる若い観光客たちが入ってきたが、中国語だったので、この店は世界各国からの観光客用レストランのようだ。観光客が連行されるレストランは世界共通「こんなもんだ」という大味。大君中の君は、これがアメリカだ!という気分を存分に味わったので、それなりに感銘深いディナーとなった。

実は猫さん、昔々生れて初めて渡米した先がロサンゼルスで、ここにはビバリーヒルズに「ローリーズ」という世界一と歌われるプライムリブの店があって、仕事先に招待されて、そこで一番でかいダイアモンド・カットを食べさせられている。「ローリーズ」は銀色のワゴンで肉を運んできて、その場で取り分けて(=解体作業)くれるのだが、銀色のドームの蓋を上げると、牛の胴体がで~んと鎮座していて、気の弱い人はそれ見ただけで、よよよと蒼褪める。薬味が辛味大根を摩り下ろした感じで、さっぱりしてジューシーな肉とからめると、パンチが効いておいしかった。こう書くとグルメ猫のように誤解されるが、んなこたあない。当時一泊20$くらいのアップタウンのモーテルに一人でいる時は、スーパーで猫印の缶詰が薄味だけど安いので沢山買って来て、醤油かけて食ってたから、ただの腹ぺこ青虫だったに過ぎない。その猫印の缶詰は後で知ったがキャット・フードだった。犬猫が缶詰食うなんて30年以上前は想像もつかなかった。

春浅しキャット・フードに醤油かけ  猫髭

狐道というより獣道だなあと地図を見ながらくねくね道を走って、少し道間違えて(だって標識が小さいのなんの)、しかし、10分くらいで到着。オーロラハウスの近辺は道路に灯りがないのだが、入口にカリブーの表札があって、これがヘッドライトに白く光るので、赤鼻のトナカイではないが、この白いトナカイの標識は実に夜道には心強い。

留守でもオーロラハウスは暖かく、荷物を二階まで運んで、と、この時、老僕猫髭が荷物を運ぼうとして、軽いが、えらく嵩張る荷物を発見。何だこりゃあ?薫子大君がフレッド・マイヤーで買い込んだタオルだった。何でこんなにタオル買い込むの?お土産にいいと思って。確かに、アメリカのタオルは日本の腰巻のようなぺらぺらタオルではなく、分厚くて柔かく、デザインもいろいろあり、しかも滅法安い。そう大君に教えたのはわたくしだが、変な大君。まさか、毎日のようにフレッド・マイヤーでタオルを買い続け、りんさんに「デイリー・タオル・薫子」、略してDTKと呼ばれるようになるとは、猫どん露知らず。

さあ、いよいよりんさん渇望の初句会。とりあえず20句出し!と言うと、大君とりんさんがザリガニのように目を飛び出させてぶるぶる鋏のように手を振るので、では10句出しということで初日は始まった。

薫子大君とは同じ湘南組なので、動物句会も一回目から参加しており、前世は「いづれの御時にか、すぐれて時めきたまふ、ありけり」かと思うほど、前世から野良猫だった猫髭の庶民感覚とはかけ離れた言動をしばしば開陳して呆気に取られるのだが、吟行での集中力はずば抜けており、俳人は作品=人格だから、『源氏物語』に出てくる大君(おほいぎみ。貴人の長女の尊称。二女は「中の君」)になぞらえて尊敬している。わたくしが好きな彼女の句をここでいくつか挙げておこう。

夏燕ダム放水のランプつく
夏羽織さらりと脱ぎて艶噺
郵便夫ひさごの下を潜りくる
月白や湯浴みし母の爪を切る
あかがねのやがてしろがね梅雨の月
砂浴びの雀しづもるストケシア
園児等を入れて小春の駐在所
餅搗きの仕上げの音となりにけり
杉の風檜の風や万愚節
沢蟹のぎゆうぎゆう動く築地かな

短冊回しで遊ぶと、これがまた凄い句を出す。「音」という題で。

音階の自由自在や蝿叩

句座一同、七転八倒で笑い転げた傑作だが、本人は馬鹿にされたと勘違いして封印しているので、ここで御開帳。わたくしが彼女に捧げた句で、これは小坪の「鮎丸」という船を貸切で「かったくり」という手釣りの吟行をやった時、彼女が手首を挫いていて、引き始めると「猫髭さん、引いてます引いてます」と、つどわたくしが代わりに釣り上げていたので、

殿様のやうな女と鯖を釣る  猫髭

と詠んだら、彼女は怒ってこの句を抹殺させた経緯がある。今回、その逸話をオーロラハウスで披露したら、中の君が「その句面白~い」とにこにこしながら褒めたので、ついでに御開帳。大君も中の君には一目置いているから、彼女が褒めるなら仕方が無いと。憮然とした顔をしていたけれども。

りんさんはおおらか俳句。旦那さんが極寒地大好きの雪男なので、神戸から十勝に移り、それでもまだ寒さが足りないとアンカレッジに移住して20年を越す。俳句は「きっこのハイヒール」で学ぶ。これは猫髭、薫子も同じインターネット俳句育ち。たまに書く「アラスカ便り」のエッセーと写真は素晴らしい。

梢より秋おりてくるおりてくる
トラクター出づる十勝の朧かな
青葉して黄身より落つる玉子かな
一本の筆ペンまはす星祭
はたはたに草のおほきく戻りけり
紅梅の空のゆたかに暮れにけり
東京にゐる黒南風とともにゐる
切り口の水滴丸きズッキーニ
子宮てふ感覚戻る暖炉かな
ストローを上るタピオカ万愚節

千鶴羽さんは初対面の時に、女子大生だろうけど感性が頭抜けているので凄い俳人になるよと二次会で絶賛したら、荒井八雪姐御に足を蹴飛ばされて、彼女が俳歴20年のベテランで、子どももでかいのが二人もいて、句集も出してるばりばりの俳人と知らされて恐縮した。それから6年経つが、新しい第二句集『暁』を出す時、出版社のふらんす堂の編集長が同じ感想を日記に書いているから、「永遠の少女」である。わたくしと並ぶと孫にしか見えない。辻桃子主宰の「童子」育ちで、主宰との初句会で、投句した句がいきなり巻頭で、連衆の度肝を抜いた。その一句が処女句集『コウフクデスカ』の巻頭の一句、

極彩のはたきで払ふ春の塵  千鶴羽

である。「目借時極彩千鶴羽」(MGT)のGはこの句に由来する。「葛湯吹く未だ直らぬ人見知り 千鶴羽」という句があるように、句会で何かお言いよと言われない限り、自発的に発語しない座敷童子のような俳人だが、猫見知りはしないようで、わたくしとはよく話したり呑んだりする。りんさんが彼女がわたくしと話していると、あ、千鶴羽さんが喋ってる!といちいち声を張り上げるほど、普段は座敷童女である。句会では、猫さんの句はくどいとか、句評が長いと言っては居眠りする小悪魔のような女になる。お説、ごもっとも。

当夜の句会の結果は、千鶴羽句特選☆付き10句全句御開帳、猫髭8句、薫子3句、りん3句。

侃侃諤諤披講をやっていると、オーロラ観光御一行様御到着。ガイドさんがりんさんが手配した防寒具を持って来てくれたので、試着。マイナス60℃まで耐えられる防寒具なので、潜水服かと思うほど重い。我々はオーロラハウスに住んでいるので、明後日の犬橇とアイス・フィッシングの二日だけ借りることにした。2時過ぎまでオーロラ観光の人たちと夜空を仰いだ。オーロラはうっすらと出ただけだったが、星空が素晴らしいので仰いでいても飽きない。北極が近いせいだろう。


チェナ川に沿つてオーロラ刷かれゆく  猫髭

冬の夜のこれほどに星近くあり  千鶴羽

(3日目に続く)

【予告】
3日目(火)チェナ温泉マイナス30℃で温泉に入る。
4日日(水)チェナ湖でアイス・フィッシング。
5日目(木)犬橇。
6日目(金)オーロラ宴会。

(写真*)猫髭のカメラは旧式の廉価版デジカメなので、 オーロラをバルブ開放で撮ることが出来ず、オーロラの写真のみ観光に来た旅の人の御厚意に寄る。

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