毎週日曜日更新のウェブマガジン。俳句にまつわる諸々の事柄。photo by Yuki OKADA
「この前はセーターだった水の音」樋口由紀子氏の川柳。齋藤朝比古氏はこれを俳句と感じておられるようだが、そこに面白さを感じました。個人的には、「セーター」は季語として働いていない、「水の音」を生かす素材として選択されているように思います。「水音」の感触としての「セーター」、その触感に樋口氏の詩心を強く感じ、川柳としての新しさも感じます。ただ、それを俳句と受け止める地点に齋藤朝比古氏の俳句があるのか、という事に面白さを感じた次第です。なお、齋藤氏の御作「ポエジーのポの顔をして浮いてこい」坪内稔典氏の「たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ」をふと思い出しました。似たような発想でありながら、出来上がった作品がまるで違った世界を作り上げている点が大変面白かったです。
つい先ほど何気なく「日曜ロードショウ」を見ていたら、突然でっかい髑髏の行列が映し出された。でその後、祐天寺大将の原稿を拝読してたら、どうやらそれがブンチュにある「死者の日」の祭りらしい。もちろんドンパチ映画なので、次々と出てくるヤツはばんばん殺されるのだが、センチメントを一切排除した(といって観念的ではなく、ごく肉体的な)単調さはある意味とてもドラスティック。音を消して見ていたので、よけいにそういう部分が見えたのかも。意外な収穫であった。
↑4行目修正ブンチュ → 文中にあるすんまへん。ぺこり。
gororin さん、こんばんは。「レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード」ですね。
「この前はセーターだった水の音」
返信削除樋口由紀子氏の川柳。齋藤朝比古氏は
これを俳句と感じておられるようだが、
そこに面白さを感じました。個人的に
は、「セーター」は季語として働いて
いない、「水の音」を生かす素材とし
て選択されているように思います。「水音」
の感触としての「セーター」、その触感に
樋口氏の詩心を強く感じ、川柳としての
新しさも感じます。
ただ、それを俳句と受け止める地点に
齋藤朝比古氏の俳句があるのか、という
事に面白さを感じた次第です。
なお、齋藤氏の御作
「ポエジーのポの顔をして浮いてこい」
坪内稔典氏の
「たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ」
をふと思い出しました。似たような発想
でありながら、出来上がった作品がまる
で違った世界を作り上げている点が大変
面白かったです。
つい先ほど何気なく「日曜ロードショウ」を見ていたら、突然でっかい髑髏の行列が映し出された。でその後、祐天寺大将の原稿を拝読してたら、どうやらそれがブンチュにある「死者の日」の祭りらしい。
返信削除もちろんドンパチ映画なので、次々と出てくるヤツはばんばん殺されるのだが、センチメントを一切排除した(といって観念的ではなく、ごく肉体的な)単調さはある意味とてもドラスティック。
音を消して見ていたので、よけいにそういう部分が見えたのかも。意外な収穫であった。
↑4行目修正
返信削除ブンチュ → 文中にある
すんまへん。ぺこり。
gororin さん、こんばんは。
返信削除「レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード」ですね。