句会スペシャル 6時間耐久ラブワゴン
報告・谷さやん
私が主宰する〝句会という名のラブワゴン〟の3月(2009年)例会が終わったとき久しぶりに参加してくれた夏井さんから「俳句マガジン『いつき組』の企画でこの句会の拡大版を行う予定なんよ」と、伝えられたときは、諸手をあげて喜んだ。
キム編集長が命名してくれたこの句会は、その場で題を出し合い、一題で十分間作る。いきなり句を短冊に書き付けていき、出来た数だけ出す。通常の句会のように選句はするが、特に気になる句以外は基本的に選評は省く。ひたすら作る。
夕方仕事を終えてのいつもの句会は3時間で、たいてい3ラウンド行って閉会。
一人でするにしてもなかなか集中力が出ないので、頭を寄せ合ってひとつの題に悪戦苦闘する仲間がいるのはありがたい。俳句的発想が、こわばっていく頭のマッサージにもなる。
降って湧いたこの企画を、待ち遠しく思っていたある日、マルコボ通信で発表された緻密な時間割を見て、青ざめた。6時間の間に18題をこなすという? "デスマッチ"だったのである。
開催日の二日前に届いた夏井さんからの懇切な案内も、プレッシャーに追い討ちをかけた。「この度は、大変な企画に参加していただきまして、ありがとうございます」。
「大変な企画」だったのである。案内には、当日は一分でも遅れると「6時間耐久」という初期設定が崩れてしまうこと。駅にはスタッフが待っていて夏井邸まで案内してくれる、といったような周到な計画が書き込まれていた。
4月4日当日「早めの方が安心」という、なぎさんと夏井邸の扉をたたく。
編集スタッフがにこにこ迎えてくれるも、何台ものパソコンが設置され、ものものしい。インターネットのブログ「夏井いつき100年俳句日記」からの参加も可能にしているためではある。
広いテーブルの何処に座るかをにらみつつ、開始時間を待つ。
ひょうひょうとやってきたねこ端石さん。2リットルのペットボトルを2本提げてきた、マイマイさんと藤実夫妻。出産でマルコボを退職する大きなお腹のかなさん。最後に倒れ込むようにやってきたのが、愛媛大学のちとせ君。彼は朝4時までマージャンをし、そのあと一時間ドッジボールの試合をこなして来たという。
席に着いたマイマイさんがひと言「息苦しい」と、つぶやいた。
この日この一室で出来た句の一部を時間割に沿って、紹介していくことにしよう。
12:00 開会宣言・ルール説明(10分)
作句時間は一題15分。出来た句の中から3句を自選して提出。全回数終了後、自選した3句を選句しあう。特選には2点、並選は1点加算される。上位5句が、紙面に掲載される。
1回でもパスすると復帰は出来ない。意外だという声にすかさず「マラソンしかり」と、夏井さん。最も多く出句した人には、〝ラブワゴン女王〟の名誉が与えられるとも発表される。
「皆さん! 終了後のビールに向かって走りましょう!」の、夏井さんのかけ声で、幕は切って落とされた。
12:10 席題一…「開」
納得の席題である。
花烏賊をさばけば口の開くかな 藤実
開けても開けても春のマトリョーショカにはもどれぬ ねこ端石
開錠の音に広がる春の闇 マイマイ
空こじ開けて辛夷咲いたよな マイマイ
開き直ることを知らぬ雀の鉄砲 ねこ端石
開拓碑みあげて葦の角に風 いつき
開拓者たる父鳥の帰る空 いつき
開墾の両手に葱の擬宝かな ちとせ
雨ひとしきり子猫の未だ開かぬ目 マイマイ
12:25 席題二…「百」
「なるほどね」といった声がこぼれる。「100年俳句計画」を掲げるいつき組なら、想定内であったはず。だからといって句を用意してくるような、いじましいことはしない。さて、「百」という数字は多いのか、さほどでも無いのか、「百年」は途方も無く先のような気もするし、すぐそこのようでもる。今ひとつ掴めないまま、電子辞書を開く①「十の十倍」②〈多くのもの・種々のもの〈百科・百貨・百害〉など。
と、ある。
桜さく百済はるけき波がしら いつき
百合咲いて珈琲カップに匙が邪魔 さやん
百の木蓮だらんだらんと昼になる 藤実
白百合や握り鋏に鈴ついて さやん
夜の百合をこんなに責めてゐてよいか いつき
創業百年目の茶摘みでありにけり 香奈
春泥の百の長靴洗いけり なぎさ
こうしてみると、創業百年の御茶屋は立派だし、長靴百は壮観なので、「百」は、やはりわたしにはとてつもない数字。眼の前の「百合」への逃げ腰がたたる。
12:40 休憩(5分)
ここで、初めての「休憩」を経験。予想以上に心がささくれ立っている。目の前の歳時記や辞書などの位置を整え、両隣との境界線を作ったりしてみる。はるかな席のちとせ君は、氷袋を頭にのせている。ともかく休憩五分は、席もおちおち立てない程度の時間である、ということを実感する。
12:45 席題三…「“一人称”が入っている俳句」
皆緊張して頭がこわばっているので、少しややこしくなると、混乱してざわつく。すかさず、スタッフのひとり三瀬社長が「一人称ですから私、僕など、自分自身を指す言葉です」と、説明を加える。そして、「必ず一人称としての扱いで詠み込んでください」。「公私混同」「私物などは、ダメ」と注意を促す。
「われ」「わが」「わたし」など、普段の句作りでは使いすぎる嫌いがあって、自省しているのに、「使え」といわれると、17文字に収められないなあと、ひとり頭を抱える。
我思う故に我ある芋を植う 藤実
こんなにも我も胎児も春眠す かな
春の土私の指も五本ある ねこ端石
吾は春の鵙であつたといふ事実 いつき
私の湯呑みを使う桃の花 藤実
出勤の僕に菫があって朝 マイマイ
13:00 席題四「人名(忌日は除く)」
パスしたい憂鬱な気分になってしまう。「忌日はダメ」で、逃げ道も塞がれている感じ。ともかく3句作って次に進める資格だけは取ろう。
マルクスは拒否して目高など飼つて いつき
シャガールの女になれず花の冷え なぎさ
ドアの向こうはおそらく陽水の雨であらう ねこ端石
篠山紀信こえて柳絮のきらきら来 いつき
うかうかと蝶行く永六輔の昼 藤実
マリリン・モンローのような桜と思いけり かな
緊張の中にも、頭のやわらかい他のメンバーは「陽水」「篠山紀信」「永六輔」など、同時代を生きる有名人が生き生きと読み込まれている。
13:15 休憩(15分)
15分は、ゆっくり背伸びできる時間だ。席を立って屈伸運動したり、ベランダの外の鉢に眼をやったり。そういえば、小・中学校のときの休憩時間も15分だったか。
13:30 席題五…「雨」
再びゴングが鳴る。「来た来た!」と、心の中で思う。「雨」なら出来そうと、高を括くる。が、甘かった。個人的には湿っぽい結果に終ってしまう。
沈黙は諾ぶらんこを伝う雨 マイマイ
春雨へ漕げばとろりと揚子江 いつき
蝶生るる雨粒は世界を映す ねこ端石
ダリアるいるい雨ざんざんと昼深し いつき
春の波の如く雨合羽の群れり ちとせ
13:45 席題六…「色」
あくまで漢字の「色」を含む句であって、「青」や「赤」などを指さない。
ギヤマンの色に春星うるをへり いつき
色紙をちぎって投げて歌えば花 マイマイ
おとなりの辛夷が色を欲しがって マイマイ
色街の猫でありけり若柳 ねこ端石
からっぽの色鉛筆や春の夕 ちとせ
旗色はこちらが悪し蓬萌ゆ かな
色街の女こわがる海市かな 藤実
青色が足りぬチューリップ責め 藤実
色鳥の声からつぽの格納庫 さやん
マイマイさんの「色紙を」の句などは、なんとなくこのときの朦朧とした気分が出ている。まだ、全体の三合目あたりである。
14:00 休憩(5分)
深呼吸タイム。
14:05 席題七…季語「蛍」
瞬く間に5分は経ち、ようやく季語の席題を目にする。「まだ蛍は早いんじゃないの?!」と、いう参加者のブーイングに、編集スタッフは「この企画が紙面に載るのは6月なんですから! だから、必ず季語としての蛍を詠んでください」と、文句を受け付けない。
「蛍」のはかないイメージに飲み込まれないように、必死で辞書をめくり、言葉をさがす。
蛍を見てきたような涙かな かな
蛍をかくまう籠でなかつたか いつき
仏陀の目めきたる雨の蛍かな いつき
蛍合戦首吊あつた村にかな いつき
蛍の棲家闇夜の膨らみし ちとせ
手の中を歩く螢に嫉妬中 藤実
ほうたるほたる完全な朝近づきぬ 藤実
蛍くる重くつめたい靴の先 さやん
蛍火やこの前じゃんけんしたの何時 マイマイ
14:20 席題八…「ヨット」
引き続き夏の季語。もう誰からも文句もでないまま、みな辞書を引き寄せたり、天井を仰いだりしている。ヨットには、乗ったことないような顔ばかりである。
ヨット洗うよ夜風なんだか悲しいよ 藤実
ヨット傾き地軸と重ならん ちとせ
ヨット降り教師の顔に戻りけり かな
太陽がヨットと海を溶かします 藤実
五十日のヨットの旅の帽子かな いつき
焦躁のいろともちがふヨットの帆 さやん
ヨットから降りてヨットを振りかへらず さやん
個人的には、「五十日のヨットの旅」が好き。潮の香りをたっぷりと含んで、ゆったりとした時間が帽子に込められている。切羽詰った場所で作られた感じが無い。
14:35 休憩(15分)
書き付けた皆の短冊が、徐々に嵩を増している。沢山できる人は、自選にもちからを注ぐことになる。端石さんのように「僕は3句作ることに集中する」と、決め込んで挑む人もいる。
14:50 席題九…「じゃんけんで勝った参加者の俳号頭文字」
いきなりのじゃんけんは休憩中に行なわれた。この辺で空気を和らげようとする編集者の意図かもしれないが、負ければ気が沈む。勝ったのは、かなちゃん。したがって「香」。
春闘や皿に残りし香の物 かな
聞香や星々涼しかりしこと いつき
生涯のアパート暮らし香水瓶 さやん
立春の香ほつほつと灰になる 藤実
春昼を満ちゆくパンの香りかな マイマイ
*ここまででやっと前半終了。後半は「俳句マガジンいつき組2009年6月号」に続く。
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オンライン版の結果発表
耐久ラブワゴン当日の模様は、ブログ「マルコボ通信」にて生中継を行った。また、ブログ「夏井いつきの100年俳句日記」でも、夏井邸と同時進行で投句を募り、選をアップするライブイベントを行った。選者は金子敦さん。
以下、その特選句。
開会を宣言する手初蝶来 牛鈴
「手」に焦点を絞っている点が秀逸。
百韻の懐紙に落花しきりなり 樫の木
品格あり
僕がしゃぼん玉にうつるとこわれる 百夏
破調が効果的。
春満月金子兜太の指定席 みかりん
「春満月」が、どっしりとした感じで合っている。
春の雨煤色に立つ鳩の群れ 樫の木
「煤色に立つ」に、写生の眼を感じる。
伽羅蕗の飴色に散る桜かな 南骨
飴色と桜色との、色の対比が鮮明。
縄文の童も追いし蛍かな 理酔
遥かなる昔に思いを馳せて・・・。
ペンキ屋の脚立を過ぎるヨットかな 理酔
視点が新鮮。
花冷や珈琲の香のほのかなる 舞
「花冷」と「珈琲の温かさ」の対比。
風船飛んだ太陽の子供になった えにし
メルヘンの世界。
銀食器舐めれば春の月の味 理酔
新鮮な感覚。銀食器は確かに月の味がするかも。
組長と呼ばれしひとの春ショール 更紗
「組長」と「ショール」のギャップが面白い(笑)
朧夜のインタネット依存症 あねご
まさに現代! 表記は「インターネット」の方がいいと思う。
愛してと言われてもなあ紫木蓮 理酔
と言いつつ、まんざらでもないご様子(笑)
モダンジャズ流れる店の雪柳 牛鈴
ミスマッチの妙。
春の果尋ねて船を漕ぎ出さむ しゅん
永遠に漕ぎ続けることになったりして(笑)
光背の煤をはらって花祭 藻川亭河童
光背の「煤」に着目した点が鋭い。
続編にちょいと飽いたる猫の恋 天玲
中七の詠みぶりが軽妙。
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6時間耐久ラブワゴンを終えて ……金子 敦
まずは、「6時間耐久ラブワゴン」の大成功おめでとうございます! 栄えある第1回目の選者に抜擢していただき、とても光栄に存じます。心より厚くお礼申し上げます。
長時間の選句はかなり疲れましたが、それは、とても心地よい疲労感でした。参加された方々の詠まれた俳句をすぐさま拝見し、即座に選句出来るというのは、本来の句会の臨場感と全く同じものです。恐るべし、インターネット!(笑) 選句をしながら、皆様の俳句に対する情熱がひしひしと伝わってきました。
ただし、6時間という長い時間を、たった一人で選句するのは無理があるように感じました。選句というのは、一句ずつ真剣に立ち向かわなければ出来ないことだと僕は思っておりますので。ラウンドを重ねるごとに、時間に追われているようで焦ってしまい、後半は採るべき句を見落としているかもしれません。反省しきりです。
投句された句については、やはり推敲不足の句が目立ちました。これは、時間的制約があったので仕方が無いことでしょう。改めて、じっくりと推敲されることをお勧めいたします。でも、「集中力を養う」という意味では、最高の企画だと思います!
それから、普段喋っている言葉をそのまま五七五にしたような句も目立ちました。お喋り感覚の軽妙な句もたまにはいいのですが、「俳句は韻文である」ということを踏まえて句作した方がよいように思います。
という妄言はさておき、参加された方々&スタッフの皆様、本当にお疲れさまでした。僕の拙い選評によって、少しでも得るものがあったらとても幸せです。第二回目の開催も企画されているとのこと、ますますのご盛況をお祈りしております。
選者として招いていただき、本当にどうもありがとうございました。「ラブワゴン」万歳!
●
2009-05-10
02句会スペシャル 6時間耐久ラブワゴン
Posted by wh at 0:49
Labels: いつき組プロデュース
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