2026-10-04

週刊俳句 第1015号 2026年10月4日

第1015号

2026年10月4日


【俳句なんやかんや】
■ 草刈の人の弁当草の上〔依光陽子〕
……佐藤りえ×西原天気
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■三鬼賞本気ハッ句〔後編〕
……稲葉航 川北聡司 西園寺Q太郎 沼野晴人
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〔榊陽子の川柳を100句掲げるまでやめないリレー〕
■そうやって……鈴木茂雄 ≫読む

■ぼくの妖精……西原天気 ≫読む
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【野間幸恵の一句】
■手紙のように…… 鈴木茂雄 ≫読む


■後記+執筆者プロフィール……上田信治 ≫読む

 

佐藤りえ×西原天気【俳句なんやかんや】草刈の人の弁当草の上〔依光陽子〕

【俳句なんやかんや】
草刈の人の弁当草の上〔依光陽子〕

佐藤りえ×西原天気


りえ●こんばんは。夏が終わったような、そうでもないような曖昧な毎日で、暑がったり寒がったりしています。

 草刈の人の弁当草の上 依光陽子

ミニマムな構成の句です。名詞が五つにひらがな「の」が三つ。「の」の連続はWord校正がなんやかや言うやつですね。流しますが。

天気●助詞「の」が生み出すリズムですね。 気持ちよく柔らかい。

りえ●そっけなく配置されたような言葉のつながりから、いろんなことが推察されて、じわじわくる句で、しがんでいます。

天気●そっけないようでいて、「草」の反復が技巧的。でありながら、いい意味の「ただごと句」でもあり、そのへんが嚙めば嚙むほど、なのでしょうね。

りえ●草刈り中で、弁当はまだ食べてないんだよね…?(カラの可能性)、とか、すぐそばで草を刈ってるから、その人の弁当だってわかるんだよな…とか、車やなにか別な場所じゃなく、草の上に弁当置くのかよ、昼食時間短いタイプなのか、とか、弁当が置かれた草も、食べ終わったあと刈られちゃうのかな…、とか。

天気●そこまで?(笑)景色としては、波多野爽波《掛稲のすぐそこにある湯呑かな》を思い出しました。書きぶりは違うし、《掛稲~》の冗長さ(これも悪くはない)とは無縁の端正な仕上がりですね。

りえ●深掘りしすぎは、エセ探偵のヘボ推理になりかねませんね、いや、いや。爽波の句も、なんというか、休憩を思わせる余裕があって、いいですね。「すぐそこ」、手の届くところに休むきっかけがある。《草刈~》も《掛稲~》も、休憩の予感があって、そこに特に惹かれるのかもしれません。

ちょっと角度が変わりますが、津川絵理子《箒目を乱し菊師の来てゐたり》という句がありまして、予感という意味で、こちらも好きな句です。枯山水とは限りませんが、白砂か何か、地面がちょっと乱れていて、「ははあ、菊の手入れだな」と察している、という。痕跡から「菊師」を呼び出すところが、時間の経過を思わせて、ほほう、となります。

『ふ、は鳥に』には、他にも時間の経過を思わせるこんな句が見られます。

 今投げたる団栗ならず水の底 (p51)

 この垣の徒長を宥し酷暑かな (p61)

 空白やきさらぎと字を記すまで (p98)

 張りし巣を見捨てし蜘蛛や道の雨 (p104)

いずれも、瞬間じゃなくて、時間の推移がうまーく織り込まれている句が、今自分的にちょっとアツい、ってところでしょうか。

天気●その句の〈現在〉に到るまでの経緯が、いいかんじに取り込まれていますね、どの句も。そういえば、りえさんがウェブサイト「BLOG俳句新空間」に寄稿された『ふ、は鳥に』の句集評でも、角川俳句賞受賞作からこの句集に到るまでの依光陽子さんの経緯がていねいに語られています。ふたつの経緯は、まったく別の話ですが、そのことを思いました。

りえ●お読みいただきありがとうございます。陽子さんの句は折々拝見していましたが、ブッキッシュだったり、山水画のようにシブかったり、と多彩で、いい意味で幻惑されていたんですね。句集によって、豊富な球種が「写生」を軸に展開されているのがありありと感じられました。