2009-12-13

商店街放浪記24 東京 神田界隈② 白山通り 小池康生

商店街放浪記24
東京 神田界隈② 白山通り

小池康生


神田の古本屋街に出るには、メトロの『神保町』が一番近い。
ど真ん中に出られる。

『JR神田』は、名前は神田だが、ちと遠い。
『JRお茶の水』から、うねうねと坂をくだってくるのも面白い。
わたしが好きなのは、『JR水道橋』から白山通りを南下し、神保町の交差点から靖国通りに入るルートだ。

それはきっと、白山通り自体が好きだからだ。

白山通りのどこが好きなのだろう。

何があるわけでもないのだが、この通りをうろうろすると心地良い。

久しぶりの白山通りだった。
11月半ばの日曜。

水道橋の駅を出て、後楽園球場を背に、いや、基(もとい)、東京ドームを背にして白山通りを進み、いつもなら、学生の群れを多少苛々して追い越すところを、休日の白山通りをゆるゆる歩く。

古本屋や中古のビデオ屋がぱらぱらあり、安価な飲食店が並ぶ。
どこもかしこも手ごろなのだ。
そして、飲食店に関しては、<大盛り>が多い。

神田は、<古本>と<カレー>の街としてよく知られるが、この白山通りの両翼には、大盛りの店が多いのだ。

白山通りは、車道の両脇に商店街を持ち、近くに大学や専門学校が多いので、安くて量の多い店になってゆくのだ。

水道橋から神保町の交差点のちょうど真ん中くらいで、年配の男性陣が写真を撮っていた。
<とんかつ いもや>の前で記念写真だ。
休日の店の前に中年の男性二人が並び、これまた中年高年がシャッターを押している。

この店は、白山通りのひとつのシンボルだ。
なにか別の時代から抜け出してきたような雰囲気がある。
メニューはとんかつ定食とヒレかつ定食の二種類のみ。
実にシンプル。店内もすっきり片づけられ、シンプル。白衣の人たちが無言でテキパキ動き、無口で素早く連動するところが、昔懐かしい日本の従業員を思わせるし、近頃、私語の多い飲食店のサービスを思おうと、どうしてこの空気を作りあげたのか、他の店も多少は勉強してほしいと思う。

キャベツも多く、とんかつも大きく、しじみ汁もうまい。
確かとんかつ定食で700円か750円だったと思う。

白木造りのカウンターで、割烹料理もだせそうな雰囲気で、とんかつのみというのが面白い。店の外観も白木の引き戸に白いのれん。老舗の趣きであり、通りの中で、ひときわ目を引く。
年配のサラリーマンが、休日の店の前で写真を撮るのだから思い入れの程が分かる。

この界隈には、おなじ外観、同じ屋号の店がいくつかある。
<天丼 いもや><天婦羅 いもや><とんかつ いもや>・・・6軒はあっただろうか。一丁目の店は閉店したらしいから5軒か。

他にわたしが印象深いお店は、白山通りの真ん中あたり、今度は東側の路地を入ったところの<まんてんカレー>。驚くような量で、大食いではないわたしも妙に張り切って食うことになるのだ。

テレビで大盛りや食べ放題の特集を見ると、すぐにチャンネルを変えるし、雑誌でもそういう特集の時は手にも取らない。しかし、自分の愛着のある商店街に大盛り店があると、結構嬉しいし、店主に親近感を持つ。大盛りを出す店主は案外無口で無愛想な人が多いのだが・・・。
<まんてんカレー>は相当男気をださないと食べられない。
学生の食欲を見ていると、頼もしくておかしくて、少しばかり元気が沸く。食え食え。

かつカレー600円
コロッケカレー550円
驟マリカレー550円。
ジャンボカレー550円
大盛りカレー500円。
並みカレー450円。

並みでも結構なボリュームである。
とんかつなど乗せようものなら、男の胃袋を問われる。

白山通りの西沿いには、ざるそば大盛り、500円という店もあるし、8の付く日はラーメンを思い切りやすくするお店もある。

久しぶりの散策で、あらたらしいお店を見つけた。
白山通りの、神保町の交差点近くまで南下し、西に入っていったところだ。

<覆麺>という名のラーメン店である。
店の前に小さなのれん。外壁には小さな板(神棚より小さな)、そこにラーメンの鉢が載り、その中にライトが仕込まれ、鉢の上部ライトの照らすところにプロレスラーの覆面がある。

異様というか。可愛いというか。小さな文字で描かれた屋号にも魅かれ、中に入る。11時半、もっと早かったかもしれない。すでに先客がいる。
「いらっしゃいませ」と店員の声。男性が二人。想像してはいたが、ガタイがいい。肩が大きく、胸板も厚い。これも想像していたことだが、二人とも覆面をして働いている。
湯気を上げる大きな鍋の前で覆面姿なのだ。
目と鼻と口を出す、あのレスラーの覆面を被り、麵を茹で、チャーシューを切っている。

壁にはたくさんの張り紙。なにか小うるさい、いや、なにか奥深いルールがありそうだが、紙が多すぎて読む気になれない。

客は皆おとなしい。このガタイと覆面の前では行儀がよくなる。
従業員が怖いのかというと、そうではない。テキパキ働き、手際は見ていて気持ちよいし、紳士的だ。
ただ、覆面は、ある種の空気を漂わせる。現役なのだろう。現役でなくともジムでは相当鍛えているのだろう。

詳細は忘れたが、数ある張り紙の一枚に、ここの大盛りは相当な大盛りだよというようなことが書かれていた気がする。

もうひとつ、12月か1月からか、会員制になり、会員でないとこの店には入れないと書いてある。会員と一緒なら会員でない人も入れると書いてあった。

会員になるには、まず<黒帯>と認定されること。
<黒帯>とは、この店の濃厚なスープを8割がた飲み干した人間のこと。
黒帯イコール会員であり、会員がいれば他の人も入れるという仕組みらしい。

これをすんなり理解したわけではない。
店の雰囲気に慣れ、心に余裕ができてから、張り紙の一枚一枚を読解したのだ。

本当に味は濃厚。これは相当運動をしてカロリーを消費しなければいけない。
成人病の危険のある人間が飲み干すのはいかがかと思われる。
濃いスープは、麵にからんで味わう分にはいいが、スープ自体を飲むのは主治医を裏切ることにもなる。わたしは白帯のまま、店を去った。

そのあと白山通りを離れ、靖国通りの「文献書院」に行き、俳句関連の本を眺める。週刊俳句の読者ならほとんど御存知だろうが、この店の奥まったところに俳句の古書が並んでいる。
わが主宰の句集は数万円だったりして、句集の値段で俳人の評価が分かる。
数ある古書店のなかから俳句に特化した店を見つけるのは難しく、先輩にここを教えられてからは、神田古書街といえば、「文献書院」に直行するようになった。

最後は、白山通りに戻り、髪をカット。

神保町の交差点を白山通りに沿って北上し、すぐ東に入ったところの地下の美容室に、わたしがこの半生で出会った最高に上手な美容師さんがいて、この人に癖毛で、渦がふたつあり、すぐに湯を沸かするアタマを綺麗にしてもらうのだ。技術も確かだが、しゃべりすぎず、こちらがしゃべりたがっている時にはちゃんと相手をしてくれる距離感も気持ち良い。

行きつけの散髪屋や美容院があると、商店街に生活感が出てくる。
大阪で下手糞なカットをされた頭を修正してもらう。
あー、気持ちよかった。新年も行こう。

 歳晩やひしめく星を街の上  福永 耕二

                                                        (以上)

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