2010-01-17

〔新撰21の一句〕谷雄介の一句 澤田和弥 

〔新撰21の一句〕谷雄介の一句
徹底的に汚れてほしい ……澤田和弥  


ががんぼの咲くやうにして死ににけり  谷 雄介

美しい。この句は真に美しい。美に出会うと誰もが無言になる。自らの貧相な語彙力では表現しきれない眼前の美に陶酔し、恍惚し、当惑する。この句が私の一切の言葉を殺す。もう何も語ることはできない。よってこの稿を終える。以上。で、終えられるほど世の中は甘くない。「シラフだと何も言えないんだ。恥ずかしがり屋さんなんだよ」と言って信じてくれた人は誰もいない。とくに女性は信じてくれない。少々脱線するかもしれないが、しばしの間お付き合いいただきたい。

虫が嫌いである。泥酔した私よりもおぞましい存在である。それゆえ視界には極力入れないようにしている。私はその内的世界において虫という存在を消去している。そのはずだった。しかしこの句に出会い、少なくともががんぼは集中して観察するようになった。繊細な脚で跳ぶように歩くさまは月面歩行を想像させ、なんとも優美でかわいらしい。「天空の城ラピュタ」のロボット兵を想起させつつ、その何倍もの可憐さを有す。そしてその屍は脚をふんわりと開き、中央に存在するからだがかなしいまでに細く、小さい。まさにわび・さびの美学である。ががんぼの屍がこれほど美しいことに気付いた芸術家がこれまでにいたであろうか。管見の限り、皆無である。芸術家史上、谷雄介氏が初めてである。氏の大いなる発見である。それも「咲くやうに」という比喩は真に適切であり、且つその美しさを最大限に活かしている。俗にして雅。瞬間にして普遍。十七音の圧倒的な美がここに存在している。

飯田哲弘氏曰く「自堕落詩人」。確かにそうなのかもしれない。しかし汚がなければ美は存在しえない。徹底的に汚れた者だけが至高の美と手をつなぐことを許される。氏のさらなるご活躍を期待したい。





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