2010-02-14

〔新撰21の一句〕田中亜美の一句 小川春休

〔新撰21の一句〕田中亜美の一句
蜥蜴と竜のはなし……小川春休


たれかれも蜥蜴でありしころの虹  田中亜美

母親の胎内で胎児は、人類が経てきた進化の過程を短期間の内に身をもって経験するという話を、どこかで耳にしたことがある。おぼろげながら、NHKの教育番組であったような、そんな気もする。

身の回りの様々な人たち、あの人も、この人も、いつしか母親の胎内で進化の過程を辿る途中に、ピンク色の小さな蜥蜴のような姿をしていたことがあるのだろう。王様もうぬぼれも実業屋も呑み助も点灯夫も地理学者も、もちろんかくいう私も、みーんなそう。そう思うと、何だか可笑しいような、せつないような、親近感がじんわり湧いてくる。虹は、小さな命と母親とを繋ぐように架かっている。全くの無から、命が生まれることはないのだから。

緑蔭に竜の話の好きな子と

この句は、『新撰21』収録の百句のうち、掲出句〈たれかれも〉のすぐ前に配されている。併せて読むと、かつて胎内で小さな蜥蜴のような姿をしていた胎児が、何年かの時を経て子供となり、大きな大きな蜥蜴のような竜に魅かれるということに、因縁のようなものを感じずにいられない。

また、ふと思い浮かんだのは、『竜のはなし』という絵本にもなった、宮沢賢治の掌編「手紙 一」のことだ。この掌編もまた、命と命が不思議な形でつながっていく話であり、この句と響き合っているように私は感じた。

母から自分、自分から次世代へと繋がっていく命、同じように命の繋がりの中にいる「たれかれ」。虹は無数に、現れては消え、消えてはまた現れる。何だか懐かしいような、不思議な気がする二句である。





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