2010-12-12

【週刊俳句時評 第20回】神野紗希

【週刊俳句時評 第20回】
岸本尚毅『高浜虚子俳句の力』を読んだ感想をエッセイ風に

神野紗希


1.

岸本さんと初めて会ったのは、東大の学生俳句会の席上だった。私が大学1年生のころだ。もう10年ほど前になる。

学生俳句会は、東京駅近くの、有馬朗人さんの個人事務所で、月に1回開かれていた。当時、句会は6時半開場、7時半に出句締め切り。出すのは1人7句、うち2句は、当日、席題(季語)で作る。東大や早大、慶大などに在籍する学生たちに加えて、天為の大人(学生俳句会のOB)も数人参加し、有馬さんを囲んで句会をした。

岸本さんは、2~3回に1回のペースで句会にやってきた。仕事帰りという姿ですぅーっと現れ、席題を見て、その席題に対する感想を言ってから(これはオツですねえ、とか、これはまた珍しいものを、とか)、椅子に座った。

しばらくして分かったのは、岸本さんは、提出する7句すべてを、席題で作っているということだ。そういう人をこれまでに見たことがなかったので、珍しかった。おんなじ季語で7句も作って、飽きないかなあ、と思っていた。

ある日の句会が終わったときのこと。二次会の居酒屋へ行こうと、道端でかたまっていたら、OBの庄田宏文さんが、なんだかぷりぷりした様子で、こう言った。「君たち、なんで岸本さんの句を採らないんだ。君たちは勉強が足りない、岸本さんの句をもっとよく読んで、勉強しなさい」。

確かに当時、私は、あまり岸本さんの句を選ばなかった。積極的に拒否したわけではない。今振り返っても、悪い印象はない。でも、正直、あんまり覚えてない。


2.
 
不思議なもので、今は、岸本さんの句が、とても好きだ。

掃苔や何の木となくよき木陰

爽やかに影の如くに寝そべりて


暑き日の続くや或る日秋まつり


(特別作品21句「あとずさり」/「俳句」2010年12月号 角川学芸出版)

1句目、「何の木となく」という拘りのなさそうな表現が老獪で、しかしそこから世界を受け入れているような開放感が感じられる。2句目、「影の如くに」という比喩が不思議だ。影のように存在感をなくして、景色にとけこんでいる人が想像されるし、この人自身、自分がふだん見ている己の影に、いま重なっているという面白さを感じているようでもある。きっと痩せているんだろうなあ。3句目、たまたま出会った秋祭りの風景。「暑い日が続くなあ、と思いながら歩いていたけれど、秋祭りをやっている、もう秋なんだなあ」と思う、自然な思考の流れが書きとめられていて面白い。「或る日」には、ふと出会ったという偶然性が強調されている。この「ふと」は、岸本テイストをかたちづくる重要なファクターなんだろう。

ブラウスのはためいてゐる案山子かな

眼のまはり鱗大きく穴惑

(同上)

4句目、ブラウスを着せられた案山子が風を受けている。風景のありのままを詠んだ句だ。しかし、描写をしたぞ、どうだ、という手ごたえはない。どこか、大きな空虚感の中に、「ブラウスのはためいてゐる案山子」が在るような、そんながらんとした感じを受ける。なぜか、世界が終わってしまうような予感までする。5句目も、よく見ればそうなのだろうというところを見つけ出して、丁寧に描写した句だ。こちらは、空虚感にはつながらない。蛇の眼の付近の動きの面白さを感じられる句になっている。「蛇」ではなく「穴惑」という、おろおろしているような季語にしてあるので、ことさら眼に意識が集中するのを面白がれるのかもしれない。

仰ぐ樹の木の葉密なる良夜かな

澄み切つて芋焼酎や月に酌む


萩に来る目立たぬ虫のきらめきて


(同上)

6句目、「仰ぐ樹の木の葉密なる」という丁寧で密な言い方がいい。重なり合う葉の様子をそのまま表している。それに、昼間の日差しではなく「良夜」と、夜の月明りを加えたところも意外性がある。木の葉のしずかな透明感が描き出された。7句目、月に供えるのは芋だが、お、これは芋焼酎だな、というちょっとした感興を、共有させてもらえる句。「澄み切つて」は、芋焼酎の描写としても確かだし、月のあるこの夜の雰囲気すべてを決定づけてもいる。8句目、「きらめきて」というのは、虫に対しては、あんまり使わない言葉だ。その「きらめきて」が、地味な「萩」や「目立たぬ虫」を、一回限りの尊いものに感じさせてくれる。

去年の暮れに出た、第4句集『感謝』(ふらんす堂)も、いくたびも読みかえした。はじめにひと通り読んだあとは、いつも好きなページから読み、好きなページで本を閉じた。平成10年から20年までの作品を収録しているということなので、あのころ、東大の俳句会で見た句も、この中に入っているはずだ。不思議だ。当時はぴんとこなかったものに、今ではぐっとくる。


3.

この体験は、私にとって、大きな問題だ。昔は分からなかった句を面白いと思うようになったということは、「知れば知るほど面白い句」が存在するということだ。第二芸術論に対して、水原秋桜子が反論した「俳句のことは自身作句して見なければわからないものである」という台詞も、ある局面では正しいということになる。

この「知れば知るほど面白い句」というのは、ひっくり返せば、俳句を知らない人には十全には楽しめない句、といえなくもない。いや、もちろん、それはイコール、俳句にしか出せない面白さを達成している句、ということもできるわけだ。

虚子の人物あるいは人生は、いわゆる面白味には乏しいものでした。一言で言えば、客観写生あるいは花鳥諷詠という、俳句の教科書通りの行き方をただ一筋に貫いた人だとしか言いようがないのです。それでもあえて、虚子の生き方や人物に興味やシンパシーを覚えるかどうかは、つきつめれば好き嫌いの問題だと思います。虚子が好きな人もいれば、嫌いな人もいる。ただそれだけのことです。
むしろ、私たちを惹きつけてやまない虚子の魅力とは、虚子の生き方ではなく、虚子の俳句にあることは明らかです。すぐれた俳句には、俳句にしかない力があります。そのことを最もよく体現している俳人が虚子なのです。
虚子について考えることは、すなわち俳句そのものについて考えることである。それが本書のテーマです。

(岸本尚毅著『高浜虚子 俳句の力』三省堂 2010年11月)

その後も、岸本さんは「端的に言えば「虚子ほど俳句を俳句として生かしている俳人はいない」「来るとはや帰り支度や日短 虚子/というような句は、小説でも絵画でも音楽でもない、俳句でしかあり得ない俳句と言えるのではないでしょうか」「俳句の俳句らしさを、絵画でもなく、小説でもなく、和歌でもなく、というふうに引き算で考えたとき、どうしても俳句でなければならない何かにつきあたるはずです」「ジャンル間の生存競争の中にあって、侵すべからざるドメイン(生存領域)を確保した俳句」と、繰り返し、「俳句にしかない力」を追い求める。

その「俳句にしかない力」をつきつめて考えた結果、たとえば次の箇所が、ひとつの到達点になるのだろう。

俳句そのもの、俳句でなければならないものを突き詰めると何が見えてくるのでしょうか。五十一歳で亡くなった芭蕉が最晩年の元禄七年に到達したもの、八十五年を生きた虚子が生涯詠み続けたもの、それは「平凡な観念」と「練達の表現」の組合せだったのではないでしょうか。俳句は個性的な詩人の声高な叫びではありません。物言わぬ無名の人々の心の中にある平凡かも知れないが切実な観念に、俳句という「声」を与えること、そこに芭蕉と虚子の到達点がありました。

(同上)

これらの岸本さんの言葉に深くうなずきながら、しかしまた、新たな疑問が湧いてくる。


4.


友人たちと鍋パーティーをしながら、テレビ番組を見ていたとき、サプリメントのCMが流れた。DHAとかセサミンとか、そういう類のものだった。友人の一人が、いきなり「サプリメントは信用ならない」と言いだした。「なんで?」「結構効くよ?」と聞くと、「サプリメントで全ての栄養がとれるなら、私たちはご飯を食べる必要はない、サプリメントだけ食べて生きていけるはずだ。でもそうならないということは、食品には、単純に栄養素として抽出しきれない、なにかがあるはずだ、食事としてひとまとまりで食べるから、私たちは生きていけるんだ」といった内容のことを主張した。

いわれてみれば確かにそうで、ビタミンCの入っていないレモンはレモンじゃないけれど、レモンはビタミンCだけでできているわけではない。

これは、岸本さんの本が、サプリメントのように、ある特定の栄養素にしか注目していない、という例で挙げたわけじゃない。岸本さん自身は、俳句の俳句らしさを追求しながらも、1句1句の鑑賞を通じて、おのおのの俳句が持っている、いわばビタミンC以外の部分も、とても丁寧に拾っている。そこが素晴らしい。

「俳句にしかできないこと」を抱えながら、雑味をあわせもつこと。そのバランス。その雑味の部分の仕組みが知りたい。「俳句にしかできないこと」のひとつの答えを岸本さんは提示した。それを読んで、私は、もっとその先が知りたくなった。知りたくなるというのはいいことだ。


5.

この、岸本さんの『高浜虚子 俳句の力』という本は、「もしもホスピスの施設に入ることになったら、何をもって枕頭の慰めとするでしょうか」という、およそこれまでの高浜虚子論とは趣を異にする、親しみやすい書き出しから始まる。虚子の真髄をねぶり続けた岸本尚毅という俳人が、そのエキスを、鋭い洞察力と分かりやすい言葉で書き記したものだ。その筆は、虚子のみならず、俳句全体へと及ぶ。つまり、刺激的な高浜虚子論であると同時に、岸本さん自身の俳論でもあるわけだ。

爽波は芭蕉や虚子と違い、未完の俳人でした。このような爽波の彼方には、あるいは、芭蕉、虚子に近い句境が待っていたかもしれません」と言う岸本さんの眼に、芭蕉や虚子の彼方という世界は、どのように見えているのだろう。岸本さんは、いったい、どこまで歩いて行くのだろう。日の当たる遠山よりも遠くがどうなっているのか、私は知りたい。

日沈む方へ歩きて日短   尚毅

(了)

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