2011-01-16

四ッ谷龍句集『大いなる項目』を読む 三宅やよい

【句集を読む】
見えざる存在に向かって
四ッ谷龍句集『大いなる項目』を読む

三宅やよい


それにしてもこの題名である。『大いなる項目』のっけから大きな謎をかけられている気がした。句集を編むとき収録句の一句から採ることが多いようだが、あれは代表句と考えているから選ぶのだろうか?私は題の付け方がよくわからない。なんであれ題に悩むことの多いわたしは、句集を手にとるたび、題名の由来を考えてしまう。句集が時系列のボードのようなものなら、句集の題名はいらないじゃないか。虚子などは『五百句』『五百五十句』『六百五十句』と、はなから句集に題名を付ける必要も感じていなかったにちがいない。この句集の題名は句の収録に一定の方向付けを持たせてその全体に漂う雰囲気につかずはなれずつけられた題なのだろう。それにしても『大いなる項目』とは?手触りの良い美しい句集を手にしばらく題名を眺めていた。

普段句集を読み始めると自分が気に入った句、気になる句を選んでいる自分に気づく、その次にするのがそうした句に付箋を立てる作業だが、この句集ではそうした行為がむなしく思えたのでやらなかった。句集全体が途切れのない音楽のようだ。楽曲から自分が気に入ったメロディを切り取ってみても仕方がない。

この句集は作者にとってかけがえのない妻と友人の相次ぐ死に込められた哀悼の句集である、そんなまとめ方をしてしまうのも安易に思える。私にはむしろいないはずの二人の存在が色濃く感じられた。言いかえれば現実には幽明を隔ててしまった二人の魂と作者が深く寄り添っている印象を強く持った。現実と彼岸をつなぐのは「祈り」「手」そして四季折々の植物である。

  楷の実の赤はそれぞれ目にやさし

心が闇に閉ざされたとき悲しみの中に閉じこもると心の居場所がどんどん狭くなる。俳句の救いは対象を見つめることで、悲しみのどん底にある心も花や樹を媒介にして外へ目を見開き生の営みにつながることができる。楷の実の赤は目ばかりでなくそれを見つめるものの心に沁み入ってくる。

  満天星にわが服の青映るかと

  百合は壺(こ)をあふれ鏡をも占める

  金星の咲かせたる花すいかずら

「神は与え、かつ奪う」と聖書にあるごとく死は突然訪れ、暴力的な力で愛するものを奪っていってしまう。この世に取り残されたものは自らの非力を思い知らされ、ひたすら祈るしかない。

  祈るなりわが骨を歯をきしませて

  祈るなり百万の独楽回るなり

  くしゃくしゃの祈りをひらき祈るなり

  祈りいるこころは糸瓜にも似たり

  祈りいる我より鈍な我があり

  祈るなりその祈りごと我ほろぶ

  祈るなりああわれらが砂は鳴っているか

そして、「手」繊細な心を持つ人は美しい手をもっている。手の動きほどその人の感情の働きを活発に物語る器官はない。言葉はいつも心の動きと微妙な誤差を持っていて、虚空の世界にもう一度心と言葉を練り直すしかないが、手はあふれる心を、その温もりを直接的に相手に伝える。

  燃ゆる手で扉を叩き愛を告ぐ

  燃ゆる手に包まるる手よ語りつづけ

  燃ゆる手かはた冰る手か頬に触れ  (以下 略)

その手はやがて懐かしい手と重なりあう。

  沙羅の実をちぎる手にもう一つの手を感ず

幽明を隔てる境界線が薄くなってゆく。

  むくろじの木陰に見ゆるこの世かな

  浴衣人みな鏡中へ戻りゆく

  瓢棚からだ歪んで通り抜け

この句集では、同じモチーフを持つ句が連続して現れる。「連作」のは現代俳句大辞典(三省堂 2005)によると「同一主題の俳句を何句か並列して空間的、時間的、心情的に構成、展開することにより、一句のみでは表現できない世界を表現しようとした俳句形式」と定義づけられている。この句集で展開されている「祈り」「手」「万物」などの連作は従来の題詠的発想の連作でもなく、「ミヤコホテル」のように一つの物語世界を展開しようとして作られたものでもない。モチーフは波のようにうねりながら展開し、感情は深められてゆく。うまく言えないけどこれらの句群はおそらくは手法の試みではなく、俳句に委託してたどりつくにはこの方法しかないと言った切実な願いがこめられているのだろう。以前「夜の形式」の講演会〔編註〕で四ッ谷氏の導きで聴いたバルトークの「夜の音楽」。左手で繰り返されるトリルの響きを想った。

『大いなる項目』この謎を含んだ題名は一定の目的や寓意を持って付けられたとは考えたくない。おそらくはこの句集全体を味わう中で読み手がその見えざるもの、大いなる存在について感じとるものなのだろう。


〔編註〕現代俳句協会青年部勉強会「田中裕明『夜の形式』とは何か」
http://weekly-haiku.blogspot.com/2010/02/blog-post_5625.html

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