2011-10-02

〔10句競作を読む〕十七文字の器  陽 美保子

〔10句競作を読む〕
十七文字の器  陽 美保子


気ままに好きな句を9句。

雑草を分けて水引草長し   五十嵐義知

何も言おうとしないスタンスが好ましい。水引草のすがすがしさ、楚々とした佇まいはこの位の措辞がちょうどよい。

テーブルに猫の跳び乗る海の家  金子敦

海の家の解放感が目に見える。人が海に行ったあと、待ってましたとばかり、猫がテーブルに飛び乗る。特に何もないのだけれど。

なまなまと海鳥の鳴く展墓かな  中村遥

「なまなま」という形容に惹かれた。なまなまとした海風も感じられる。故人の魂もそこらあたりに漂っていそうな気配。

人形を焼く栴檀の実の下に  中村遥

人形を焼くという行為と栴檀の実の取り合わせが意味もなくしっくりする。栴檀の実には毒があるというが、それは考えない方がいい。たぶん、しっくりいくのは、栴檀という字面のせい。

洗つても洗つても砂大西日  宮本佳世乃

現実的には海水浴後の光景が目に浮かぶが、「洗っても洗っても砂」という措辞は、シュールな世界に開かれている。

ゆらゆらと子ら運ばれてゆく緑  加藤水名

不思議な句だ。深緑の頃、遠くを乳母車が通っているのだろうか。そのままもっと遠くへ行けば、もう戻ってこないかもしれない。

ちちははの緩慢な水あそびかな  加藤水名

この句も幻視と言った方がいいだろう。「緩慢な」の措辞が利いている。大林信彦の「異人たちとの夏」を思い出した。

とりあへず丼に受く兜虫  今村豊

なるほど。兜虫はあまり飛びそうもないし、丼なら鉢型でつるつる滑って、歩いて逃げだすこともできないだろう。

羽蟻に羽ありて暮らしは変はりなし  鈴木牛後

羽蟻と自分の暮らしを均等の重さに持って来ることができるのが俳句。


最後に、全体の感想をひとこと。どのようなスタンスで俳句を作ろうと、所詮、俳句は十七文字でしかないということを改めて感じた。つまり、所詮十七文字では何も言えない、という覚悟を持つ方が強いということだ。


週刊俳句「10句競作」第2回 結果発表

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