2013-03-10

第3回10句競作テキスト

1.
死真似  

回遊に倦みたる傾斜春日傘
木の芽雨のっぴきならぬ音立てて
春落葉濡れているとは陰陽師
劣情の窓に張りつく花の雨
甘き血の抜けて薄氷の気持ち
春手套ヌードにしては長すぎる
死真似の好きな人妻春ショール
柱時計打てば纏わる春の蝿
海市へ舌をなくして石を蹴る
羅針盤捻れし方へ鳥帰る


2.
薹  

冬麗や ami 泣き暮れて鶏姦す
祝祭の歌を並べて鞭の冬
銀竹のなかで飼われてゐるをんな
雪しまく乳房は堅くなりにけり
三つ年はつづかぬ恋慕冬の闌く
仏手柑エロ本のフィストの容
荒浪にわたくしの一部は勇魚
剥ぎとれば縄を秘めたる皮裘
たちんぼのピアスの凍ててゐる数多
ひとにまた茎のありけり蕗の薹


3.
黙  

除夜行やまぐわひといふ八重の黙
少年の三人語らひ年逝くも
初日射すゲームセンター海行かば
美しき大根の逝く朝かな
シェークスピア倭の屠蘇をもう一献
軍神の抜刀青僧の青頭
囁きの命なりけり木偶に嬰
核の炉や僧玄奘の土踏まず
はだら雪木の葉のやうに下る背
なにもなき庭に廊下のうす明かり


4.
傾ぐ癖  

傾ぐ癖ありて我らが春の星
軍配は春に上つてゐたれども
舞ひ初めし雪が黄色や春の夢
麗かや釈迦説法を聞き給ふ
雛はまだ箱の中なり山笑ふ
雪解の橋がびしよびしよ昼の月
耕して綺麗な畑となりにけり
啓蟄や長き方へと長き虫
花の種野菜の種と分けてある
腕組の小学生やチューリップ


5.
ひと  

天狼や身裡に始祖の羅針盤
ひとといふ時間犇めく冬銀河
人柱立ちたる海の冬日かな
ポインセチアひと遠くゐる窓明り
三月がランプを持つて立つてゐる
花明りさびしき町の底にゐる 
百千鳥囃す虚空を柩ゆく
恐竜のみてゐる涯の青銀河
炎天に廃炉並びて放光す
・・・・・さて渉らむか天の川 


6.
寒  

雪混沌さりとて白き抽象画
デジャビュかな人戦慄かす寒鴉
寒菊を括るビニールの赤い紐
柵に凭れ叫ぶにまだき寒茜
額縁を右に傾げてゐる寒夜
火遊びをする寒暁の石畳
朝寝髪寒卵とてハムエッグ
寒の雨一円玉がまた溜まる
シャンソンが管を捲く夜の寒薔薇
はらり春人間嫌ひ完治せず


7.
雪痕  

隠れ里五百年来吹きだまり
雪しぐれ墓陵へ取つてかへす坂
剖見の簡略にして雪女
舌さきにはりつく氷柱なめをれば
大寒の魔鏡のうつす笑みの影
水仙や水平線のうへに月
白鳥の磔刑のさま空へうつす
御神渡りとはつま先立ちの体をなす
寒釣の性器のごときものを上ぐ
指さしてこれはスノーチェーンの痕と


8.
雪の国   

髪いまだ乾かぬ匂ひ姫始
姫始指先の闇ととのへず
姫始彼方に笑ふ神のゐて
姫始ひとの触れ得ぬ浅瀬へと
姫始白粉の面に魚篭の引く
雪国の中の閃光姫始
雪国の中の私の雪の国
姫始乳より生まれ来し朝
君消えて風紋のごと姫始
空白てふ居場所残れり姫始


9.
横断  

陽が昇るジョンソンカフェの松飾り
元日の夜も繕ふトウシューズ
節分や耳に食ひ込む面のゴム
春愁や紙に切られし指の傷
エントランス斜めに横断する毛虫
猛暑日やケチャップどっとオムライス
灯台に毒蛾発生西瓜喰ふ
蟷螂が開店を待つ縄暖簾
いくたびのいくさがありやあまのがわ
通勤の派遣社員や霜柱


10.
座頭市  

無駄なことおよしなさいよ冬が来る
しぐるるややらうこのやらうばかやらうー
雪しんしん死んでもいいと思ひけり
朝陽抱きしめよ路傍の凍てし墓
生きているあいだは人間日向ぼこ
年に一度ふんどし洗ふ梅が咲く
月が美しいって嘘だろほんとかい?
落ち椿草履の下でぎやあと言ひ
おしくなき命なれども春おしむ
瞼うら星ひとつなき天の川


11.
ビュンと  

聖俗のギャップ暗喩のシド・ヴィシャス
野鼠を僧侶へ昇華する調べ
当該の高揚感を黙読す
ふりだしにもどる「正午」を「ひる」と読み
ドラム缶詰めに作者の死体処理
まえばりをはがすやうしろばりはなし
ゾンビ系男子といふといへども相互フォロー
ハイクラてふ略語はなくてハイクラブ
実作者にボールがビュンと飛んでくる
ひきつづきタイムラインで遭ひましよう


12.
サドゥバリー  

大氷柱奇岩の口に垂れにけり
吹雪きたる森を見せたる玻璃戸かな
真ん中の沈みし屋根に雪積もる
雪の夜のステーキ高くなりにけり
雪晴の日に当てられて眠くなる
深雪晴のなかに残されショベルカー
臀部より伝つてきたる寒さかな
リムジンに雪を跳ねたる痕の泥
寒風に瘡蓋とれてしまひけり
芦毛馬跳ねてをるなる春立ちぬ


13.
冬がひとり行く  

冬の風しばし止まりて枝の鳥
寒風に揺れて巣づくり春よ来い
冬の陽に小さき笑みの黄の花よ
からし菜の黄色の小花冬に揺れ
陽だまりに黄が寄り添い旧正月
しめ縄のほつれて揺れて旧正月
ふたつ猫おいっと呼べば逃げていく
いつの間に筵ほつれて冬の部屋
ひとり茶よ床から伝う夜の冷え
独り茶や背中突き刺す夜の冷え


14.
共鳴  

鬼は外母へ通ずる闇のあり
散剤のからだに広がれば深海
きさらぎの瞳孔開く地球かな
安吾忌のサイフォンの水上りをり
料峭の内臓をしぼつて歌ふ
夜の名の女とゐたり春の雪
回廊に哲学めきし余寒かな
だんだんと梅林の共鳴しだす
蛇穴を出でて飲みたる水甘し
くちびるのやはらかさにて花ひらく


15.
さっきまで  

みおちやんと言ふらし梅の咲いたらし
ごみ袋地球の冬に置いてくる
白梅や三階で聞く癌のこと
屋根と言ふ三角のもの雪催
蒲公英や幸福論は好きですか
一度だけ指差して買ふ草の餅
卒業や江後君の名は順之祐
油蝉これより道に死すところ
小鳥来るマホメットとは無縁なる
運動会だつたやうだねさつきまで


16.
俳句  

キーボード越しの買ひ物冴返る
届きたるものを並べて春浅し
前奏の山手線の春日かな
両の手にナイフ握りてあたたかし
風光るI am Jack the Ripper
老婦人喉かつ切られ春の夢
春風をサラリーマンの胃袋へ
後頭部刺せばナイフの折るる春
主婦の手をこぼれし浅蜊口開かず
春愁やなぶり殺しを忘れゐし


17.
花綵列島  

探梅に一枚岩となりゆけり
冴返る高架の下に日本橋
薔薇の芽や壁土粉となりにけり
山焼のにほへる寺や築千年
霾や敦煌からも来たるらし
下萌や時にあいさつ丁寧に
傾ぎたる蔵書の固く余寒かな
耳たぶをつまんでは焼く目刺かな
ふきのたう会へば目方のことばかり
静もれる花綵列島魚は氷に


18.
山笑ふ  

またひとり殺めて花の旅に出る
雪解野に指切りの指探しけり
一本の棒立つてゐる春野かな
花と交信からうじてつながりぬ
いいをんな春の谷から掘り出して
おほぞらはうなじをさらし春雷す
 よろこびをあつめて春の小川かな
花の夜に入るケータイを握つたまま
花づかれたえてひさしき恋をして
まうさうもここまでくれば山笑ふ


19.
失職日  

テーラーの鋏よく鳴く寒夜かな
生き辛き人攫い行く雪女
雪まつり母国語探す龍の像
八歳の私が見えて雪眼鏡
鬼やらい犬の瞳に星落ちる
シュレッターの音姦しや春立ちぬ
泡雪を舌にのせてる失職日
極太の雪の日となり久女の忌
父母が嫌いで親王雛に傷
あうあうと終いの冬を食べている


20.
鬼の村  

寒椿湯ぶねにふぐりゆらゆらと
身に余る寒さを僧にもてなしぬ
五月雨やそろそろ骨も光るころ
子を捨てし川の畔や螢湧き
母を焼き父を埋めて畦を塗り
駈落ちの河鹿となりて姉帰る
相姦の枕が下や草雲雀
先祖代々鬼の裔なる村祭り
蟷螂に生まれし兄を弄ぶ
陰の毛を風に吹かせて雪女郎


21.
家出  

ぼくとぼくとぼくがころんだ
何者でもなく虫歯の痛む吹雪の夜
お前は来るなと祖母の墓参りの朝
振り上げられた木刀に笑って目を閉じた
あの人のギターのリズムで逃げた
家からの着信履歴止まらないが面接
会う時は殴る時だ真夏の残業
俺より先に親父に手を出すな癌よ
坊主頭の親父を見るのは初めてだった手を握る
親父に話したいことがまた増えた手を合わせる


22.
待春

蝋梅やインターネットに寓意あり
ワープロの目を見開きしままに枯る
冬ざれのファックス用紙余る一方
プリンタに閉ぢ込められし冬青空
寒卵割れパソコンの警告音
蜜柑剥くためのパスワードを忘れ
白鳥のメールのごとく飛び立ちぬ
ケータイを閉ぢて霜夜の耐え難く
鯨の声ツイッターより聞こえしか
春待つ言葉キーボードより溢れ


23.
瓶の底

をちこちの壁にぶつかり嫁が君
しやもじで煉る時間の隙間栗きんとん
むらさきの折鶴に息吹けば雪
蟻穴を出づ外人墓地の白と黒
春雷や人形の眼のふと笑ふ
魔法瓶の底にわが顔桜騒
作り滝まだ始まらぬ記者会見
酒蔵は電波通さず花カンナ
セーヌ快晴ヴィーナスの煤払ふ
鬱払ふ冬の扇でありにけり


24.
記憶

寒鴉まだ鳴り止まぬ非常ベル
日脚伸ぶ侵食さるる記憶かな
厳寒の絶対に動かない石
霜柱土の息吹を放出す
夢見つつゆつくり溶けし雪だるま
節分や月の軌道を修正す
如月の答え平等に配られり
草萌の地のしがらみを解放す
きさらぎの夢よりアリス生還す
流し雛石に抗ふことの無し


25.
喪失

午後の紅茶飲んで生存者なしというテレビ
キューピーの腕失くしたままで一年生
象の子が嘆く扁平の足四つ
桜咲いたが人間失格かもしれぬ
現の証拠という名にされて咲くしかない
PK戦の強姦されているような
こんなに晴れて税金のしくみが解らぬ
今日会った男と鳥葬の話
いっそスクランブル交差点で掻き混ぜてくれ
たましいのような月が出て逃げる


26.
桃の花

入り口に絵の具臭きゴッホのコート
ユトリロの窓に寒さの限りなし
冬ざれてジョルジュ・ブラックかく若し
剥がしゆくごとマネの筆今朝の春
クリムトの水蛇年が明けてゆく
ひと頃のピカソ馨し桃の花
日が落ちて青よろこびてマティスの春
涼しさや人は吐息のモディリアーニ
炎ゆる日よ猪熊源一郎記念館
向日葵やエゴン・シーレのために枯る


27.
肩こり

凍鶴のきこきこきこと首鳴らす
室の花湿布のうまく貼れぬ夜
肩こりの朝よ初霜おりる日よ
肩こりのひどくて寒椿憎い
肩こりの広がっていく寒の雨
片栗の花に肩こり差し上げる
初春の肩こり瓶に詰めていく
山笑う山に肩こり埋めに行く
肩こりを流してしまう春の川
肩こりもいつかは春の海になる


28.
日曜日

山眠る絵本の中の雪とけず   
コート吊る窓に石鎚晴れてをり 
如月の雲わかれゆく大欅    
鳥雲に雫のやうなイヤリング
啓蟄や日の差してゐる兎小屋 
春の川覗いてゐたる双子かな 
グラタンに少し焦げ目や鳥の恋 
花の種蒔いてしづかな日曜日  
水温む壁に山下清の絵 
滅びゆく星の桜を仰ぎけり


29.
春の雪 
            
花籠を抱へる母よ雪の富士
良寛の書と話かけ雪間草
夕暮れの風を逆なで雪椿
水仙の雪に抱かれて仰けぞりて
風花のくずれるところ見てしまふ
春の雪枝のみかんの皮のこる
終活のちらしポストのはだれ雪
淡雪のリズム乱るる鳥の声
雪洞の耳にさらさら遠き海
屈んでは雪割草の息しづか


30.
採光       

また街で見かけることも巣立鳥
産んでみてこれからのこと子猫かな
領収書ばかりの机春風に
赤い服着せてしづかや梅の花
土器やものも云はずに廻しをる
気持よく挨拶朝の巣箱かな
下萌や人集まつて袋置き
ものの芽に颯と日照雨が過ぎゆける
パンジーと藁に産みたる鶏卵と
種袋楽しき人が振つてゐる


31.
雪の華

幾たびか編み目突き刺し吹雪く風
虫眼鏡運命線に雪の華
落ちてゆく天空に雪結晶し
連れだちて踏みしめる雪足のつり
サボテンをふはりと包み雪女
止めどなく降りしきる雪鬼は内
雪落とし先ずは高みへ消へし雲
除かれし雪ことごとく煤けるる
棄てられし手紙に雪の青くなり
波崩れ彼方に光雪の富士


32.
猫の子

初鏡ファイティングポーズとつてみる
駈けてきて行きすぎる人冬木立
待春の鳥をつかめば骨のある
地下鉄で帰るふるさとミモザ咲く
卓袱台を三つつなげる春祭
馬たちのコの字囲ひに仔馬をる
胸に手を入れて猫の子受け取りぬ
黒板消し挟みし戸より春の風
共学に変はる女子校卒業す
オムレツを開くナイフやらいてう忌


33.
ドーナツの穴

樅の木の刷子(ブラシ)でこする冬の空
ため息が悴みてドーナツの穴
珈琲と冬のほとりで風を待つ
冬去りて一番列車ひた走る
鳥雲に書棚に隠すのすたるじや
蛇穴を出づれば汝ペルシャ書体
厨房に春待つシェフの腕時計
ものの芽にソルト&ペッパーいただきます
旧正月育ちゆく月の重力(グラヴィティ)
青猫が「おわああ」と見舞ふ春の風邪


34.
門限        

カステラの描写細密寒波来る
古新聞古雑誌みぞれはやまず
バス停や牡蠣食べてより脈早く
梅林へゆく涙腺のあるうちに
紅梅の匂う門限破りかな
三月やカナリア飼われ中華街
とびうおのてんぷら春の雪やみぬ
チューリップ買いに腱鞘炎の友
あさってはあるはず桜餅四個
段違い平行棒春闌けにけり


35.
風の日  

風の日の浅き眠りや午祭
切り離す切手の縁の余寒かな
金星の昼となりたる雪解水
その中に羽散らばりて薄氷
連山の谷ゆるやかに凍ゆるむ
雪代の枝先流しつつ流れ
早春の金管楽器抱く腕
料峭の水深深き湖上かな
春めくや塀より長き箒の柄
ありあはせのもののひとつに春ショール


36.
頭蓋の聖母

ぼろ市で花魁らしき影を買ふ
古都奈良の言の葉ゆかし太子かな
月震や木霊と木霊契りたり
方舟やも知れぬしろながすくぢら
堕天使の葦笛  リリカル  リリカル
火の鳥を囲ふ焚火を絶やさざる
霧を吐く老婆の消えし跡に母
     
   前頭葉萎縮を知りて三句
わが脳の吠え猿どもがまた孕み
正気なり列乱さざる蟻のごと
ラファエロよ頭蓋に聖母描き給へ


37.
なんまんだあ

鮪はしるよ雪夜も瞼ぴかぴかと
君の雪ふる明るさをたけくらべ
あらたまの春あらたまの寝ぐせ
ここ最近お伽話にはだらかな
想像におまかせ巷間白椿
角の家ぜいぜい建っているレタス
なんまんだあなんじゅうまんだあ鶯だ
節々が青し手袋オウムの嘴のよう
壇蜜に夕されこうべ春の峠
尻切れに春の灯対話の図体だ


38.
上毛かるたのうた

  お…太田金山子育て呑龍
おろろんばいおろろんばいよ
小沢昭一
的こころも


  さ…三波石とともに名高い冬桜
三年返りの姉上様が
石舟曳くは
ねずみ鳴き


  し:しのぶ毛の国二子塚
月もさし入る
しのぶ毛の
針の返しをきかすかな


  て:天下の義人茂左衛門
遊びもはてて茂左衛門
七夜手招く
義理もあれ


  ね:ねぎとこんにゃく下仁田名産
裸踊りは猿後家の
葱とこんにやく
いらんかえ


  の:登る榛名のキャンプ村
馬も馬糞も濡るるでせうが
まいむまいむが
すみませぬ


  ふ:分福茶釜の茂林寺
二タ夜吊しのたぬ吉の
逆毛に似たる
なみがしら


  む:昔を語る多胡の古碑
夜伽の祖母の懐に
見しこともあり
豆右衛門


  ら:雷と空風義理人情
義理人情はくはばらの
乾く間もなき
父の舌


  る:ループで名高い清水トンネル
昭和や華と散りぬるを
幾代寝覚めぬ
汽車のころたん


39.
帽子  

しぐるるや改行の無き現代詩
水底に硝子の破片冬ざるる
街角の煙草屋失せて山眠る
短日やぱたぱた畳むパイプ椅子
去年今年魔女の帽子の忘れ物
くすつと笑ふシチューの中の人参が
空缶に水鳥の影届きけり
底冷や目玉小さき深海魚
マネキンに涙描かれ冬の蝶
猫の眼に吸ひ込まれたる冬銀河


40.
みなしご  
 
冬の日のはねる音符にさはりたし
雪うさぎびつしりとゐて眠たかり
竹馬の子らおほぞらの穴の下
クラスメート次々消える雪まろげ 
きみと名前とりかへてみる日向ぼこ
雪女郎溶けて幼なくなりにけり
具がいつも同じちび太のおでんかな 
ひらがなでつくる小鳥や雪のこゑ 
指切の指がみなしご霧氷林
手ぶくろに魂は収まりますか 


41.
モヨロ人

軒氷柱うな垂れ歩く去勢犬
流氷の底に隠れしモヨロ人
凍裂の音と遠くの交通死
へそ曲がり箒で正すカーリング
公魚や光の穴は地獄行き
冬ばん馬野次も怒声も念仏に
地吹雪や演歌二人のどさ回り
雪しまく庭真っさらにカレーそば
氷海を追って知床岬かな
氷瀑やだーるまさんがこーろんだ


42.
何の国       

鳥雲にここで一旦切る台詞
振付をぬるぬるとして春の山
春泥のやはらかオカリナを製す
カタログを繰る静かなる春の夢
蜆開き島倉千代子笑ふ昼
三味線を抱く手花綱巻かれをり
緑立つ薄紙剥ぎて広辞苑
鶯餅は何の国です先生
タルタルソース菜の花を解放す
種芋の愛敬ありて束ねらる


43.
家霊           

蟇出づや南無南無と息吐きながら
雛唄や畳の下に家霊居て
白魚を啜るに舌の根に力
雛の灯に埴輪のやうな顔をして
春愁の芯なり毬に大き臍
青き踏む媚薬のやうな雨が来て
鳥交む癌健診のバスの上
春の雪毒を吐くよに鳥が鳴き
かげろひて鳥の骸をつつく鳥
巣鳥鳴く無人の駅の大鏡


44.
不穏

冬灯(ひ)をいれて肉屋かがよふ夜なりき
吃る子の書架にジャン・ジュネ花蜜柑
水仙と棍棒紙につつまるゝ
捕虜にある男といふ文字冬の蠅
色鳥を布につつみし下男かな
白鳥のなか明るくていたましき
狼藉といふ言葉なまめく朧月
水仙のかげに伏兵しづかなり
謀叛までしづかに漕げよみずの秋
百舌鳥鳴いて泣きくづれたる道化かな


45.
ショー

しぐるるや叩きて音のこもるドア
月氷る耳にて探る獣道
言ふことをきかない狐火はないか
銀幕の垂れし枯野となりにけり
黒兎抱かれシャンソンの中は雨
繰り返し繰り返し冬の川渡る
凍蝶を塔へ返さぬ者もゐて
寒晴や指人形をいつ捨てる
不器男忌の上唇を摘むなり
大抵の薄氷に影二十代


46.
メルヘン

永遠に花咲かせむとキセル吸う
青黴にジャンヌダルクの遺灰かな
プロレスラー覆面に汗吹き出せり
昔むかし地球を回す蒲蛙
鬼退治たとへば古酒を捧ぐなり
人間も連れてゐるなり穴まどひ
紅葉且つ散るメルヘンに未来なし
きれいなドラえもんきたないドラえもん
雪女スターリン像平らげて
足跡の乾ききるまで春の泥


47.
越冬

運転手の咳の止むまで待つてをり
食ふほどに痩せゆく背中冬の蝶
隙間なき箱来て冬林檎二つ
白鳥を見に行くだけの帰省かな
雪のつく洗濯ばさみ浴室に
木の芽風だんだん太くなるピアス
「あっちっち」後また残雪へ触れたる子
雪解川すべて開かぬ小窓かな
水温む蛇口に口をつける癖
心中募集掲示板最終更新日の椿


48.
お年頃

少女らは地べたに座り花うぐひ
寝顔てふ臓器の一部磯あそび
蝶々のこぼれる涙袋かな
うをのめをぞりりりりりり鳥つるむ
いくたびもくぐるトンネル初蝶来
やわらかき母家の闇よヒヤシンス
乳母車ひしゃげて建国記念の日
春の夜のボディピアスの拡張器
土曜日の不妊外来雲に鳥
つちふるやパンクロッカーうたたねす


49.
風花
      
マドンナの決まらず芽吹く農学部
あれこれも西洋蒲公英職探す
ふらここや家族はいつも誰か留守
二階には人がいるらし夏の雨
炎天に病の証明三千円
連れ添ふと告げたつもりの零余子飯
秋澄むや待合室にゴッホいる
海渡る秋のてふてふ血判状
風花や浅川マキの少年に
煮凝を残して妻はイタリアへ


50.
わたしの音楽

早春のビートを刻む渋谷かな
春寒やざらりと響くハイハット
ジョプリンの叫び心で聴けり春
ジュークボックス叩けば唄ふ春の暮
短夜のダンスフロアの刹那かな
プロコフィエフの醒めた狂気や夏の月
合唱の音粒はるか秋の空
スキャットの溶けゆく秋の静寂かな
ビバップの弾け散る夜や冬怒涛
敵多き今日の終わりやイマジン忌


51.
新世界心中      

未完の虎朝寝の背の刺青には
きりすとのやう黄砂積む藁人形
雪崩して乳房よ乳を噴き上げよ
死なうとあんた死ねよとあたし春炬燵
力むおのこをいそぎんちやくは大嫌ひ
さへづりにたまゆらあたし誰の海
春の虹ミナミあばずれぶつた斬れ
蛇穴を出たらあんたを一呑みに
仔猫もろとも終の戦車に乗り込まう
地平みな春渾沌の餌食たれ


52.
その時

双の手に降りては死ぬる春の雪
俎板に秒針重ね打つ根深
念仏よりジャニスの啼きて夜半の夏
その時は青葉のころと転移癌
ちちははと口閉ざしをり蜆汁
月に往き月に還りしをとこをり
青ぬたの味に小僧の成人す
水鏡の天を駆けをり水馬
古傷は化石となりてラムネ玉
薔薇愛でる配管工にある疑惑


53.
夏草

合唱部員五名で校歌入学式
葉桜や机の下で打つメール
廊下で騒ぐなとTシャツの教師
夏草の一塁ベースまで迫る
答案に補助線ばかり増えて夏
遠雷や草に埋もるる校歌の碑
中退の子の赤子抱く文化祭
求人票見る足元を冬の蜂
ロッカーの蓋にプリクラ卒業す
野球部が土撒く春の校庭に


54.
FUKAIPRODUCE羽衣「サロメvs.ヨカナーン」より

雨粒はチュッパチャプスのごと長閑
春の雨散らすドリフトキングかな
雨傘を受け皿にして春の雨
ボーリング場の個室に春の宵
「よくわかんないよ見えなくなつて」梅
歌姫は皆の歌姫フリージア
春一番タクシー運のないワタシ
建国祭帰るところのある人と
猫柳ふたりぼつちは最強だ
石鹸玉くちづけのごと吹いてをり


55.
転ぶ

冬の日の松が泣きたくなつてゐる
荒れてゐる腕が土星を包むなり
転ぶ自分は白いと思ひつつ転ぶ
洗顔ののちの尖塔蒼かりき
はぶらしに水の妖精いつも居る
のこぎりに夢引くときの静かさよ
屈託をバスに積んでる雪国だ
悪童の息がどうにも蜜柑なり
虫ピンに虹押さへれば虹虫に
網に星ではない魚だと笑ふ


56.
オートリバース

朧夜にロールキャベツは泳ぐなり
北窓を開いて祓うカレー臭
黒猫のオートリバース春の宵
花見舟漕げよマイケル阿弗利加へ
倒立す早春のほろにがき野に
千の手の剥落終へし梅の寺
紅椿地球の裏にカーニバル
さくらさくら神経質にちりぢりに
はなびらの春のプールを見て泣きぬ
うららかや地球老いゆく象の中


57.
親しき水

真白とは息子でありしころの雪
雪の灯を過ればうつし世の匂ひ
かつて家ありし雪野のふくらみに
雪に足突つ込んだまま手を振れり
あいさつも雪の色なり雪を来て
ぬばたまの雪夜語りてながき人
雪の嶺に雪の層なす眠りかな
こな雪のすきますきまに青の粒
こな雪のこはれやすさをてのひらに
それぞれの手に融け雪は親しき水


58.
春ですね!

早春のπと√に遊びけり
子宮よりこの世覗けば春障子
消しゴムで消せぬ罪あり筆の花
春一番激語怒号のなき国に
腿の傷隠す少女の春帽子
春の野にでんぐり返る森光子
春光を肉食老人持て余す
書を丸め未来眺むる卒業子
春昼のジキル博士の精力剤
啓蟄や男は黙つて風呂に入る


59.
頽落の日々

狼の亡びし後の赤づきん
項垂れて歩むものには犬ふぐり
曇天の梅のをはりの腫れぼつたし
ポケットにあたたかなごみ増えにけり
主老ゆ春蚊のごとく訪ぬれば
リラの雨監視カメラの前でキス
鳥交る詐欺師について学びし日
まるまると太りし虻のホバリング
墓々やおのもおのもに春の夢
十万年後のオンカロのチューリップ


60.
自由帳

冬の夜やビニルの覆ふ屋台村
年下に恋愛論のおでんかな
ワイン樽をテーブルとして年忘れ
立春や端の丸まるヨガマット
暗幕の埃臭きや春の風邪
Foreverと果てし映画や春の雪
ミルフィーユの層の如くに春の雪
湯煎せしチョコレートの香春きざす
バレンタイン座席に臥せし文庫本
シクラメン自由帳あるカフェかな


61.
春水

塵芥の漂ひそめて水温む
淀みよりじわりじわりと温みゆく
折鶴のかかる碑水温む
竿振ひ仕掛けを飛ばす春の水
一列になりて歩くや水温む
街裏に抜くれば日向水温む
よく光るトランペットや水温む
春の水細くなりゐし目をひらき
水温むふと口笛が吹けさうと
トンネルを出づれば春の水の上


62.
カミングスーン

片言のモデルつまずく三分咲き
サクラドロップ三秒ルール適用外
花びらよイタセンパラはどんなとこ
割られない田螺について語りだす
一部屋に駱駝一頭いる朝寝
苺ミルク本家が歌を歌っている
陸橋のみんなが手ぶらしゃぼんだま
うんていに女四五人油風
はじまりは工事終わりも工事花曇
近日公開恋人はいま立ち上がる


63.
見えぬもの
               
ゲル動くやう寒明の交差点
鳥帰るプレハブ校舎に換気扇
啓蟄や産業廃棄物収集
地球儀に佐保姫の息触れにけり
花あかり通夜の柩のかたはらに
ハチ公はけふも待ちます養花天
掃除機をさうぢしてをり花の昼
吸殻の浮くにはたづみ蜃気楼
桜蘂ふる見せ消ちに潜むもの
スプリングセールのペットショップかな


64.
絡繰

佐保姫の絡繰のあらはれにけり
白蓮を見るやとほくを見るやうに
真直ぐなる枝なき梅のあさぼらけ
日のあるうちに三月となりにけり
遠山や死蝶すでに塵芥
光あれ信濃の雨は花の香に
幸福や桜の幹が花の中
背後よりゆふぐれ来たり立葵
闇すでに照色なさば夏の木木
橘に朝空の開け放たれり


65.
異識墓

残響の宿る虚空を食む忌み子
弥勒の胎児墓石の夢ばかり見る
因果の窓から見ゆる寒緋桜
からくり説法時超えて宙
春待ちわびて溺れる蓮地獄
無明の街春風に砂撒かれ
邂逅の冬腐食する雷光
電氣羊の瞑想やがて虹
宇宙地下都市東京曼陀羅
息絶えて河岸の桜咲く眼

3 comments:

ハードエッジ さんのコメント...

26番、
「炎ゆる日よ猪熊源一郎記念館」は、
「猪熊弦一郎」では?

匿名 さんのコメント...

各1句ずつ選んでみました。

1.死真似  
回遊に倦みたる傾斜春日傘
2.薹  
祝祭の歌を並べて鞭の冬
3.黙  
囁きの命なりけり木偶に嬰
4.傾ぐ癖  
傾ぐ癖ありて我らが春の星
5.ひと  
三月がランプを持つて立つてゐる
6.寒  
寒の雨一円玉がまた溜まる
7.雪痕  
剖見の簡略にして雪女
8.雪の国   
姫始彼方に笑ふ神のゐて
9.横断  
節分や耳に食ひ込む面のゴム
10.座頭市  
月が美しいって嘘だろほんとかい?
11.ビュンと  
野鼠を僧侶へ昇華する調べ
12.サドゥバリー  
吹雪きたる森を見せたる玻璃戸かな
13.冬がひとり行く  
しめ縄のほつれて揺れて旧正月
14.共鳴  
だんだんと梅林の共鳴しだす
15.さっきまで  
運動会だつたやうだねさつきまで
16.俳句  
届きたるものを並べて春浅し
17.花綵列島  
ふきのたう会へば目方のことばかり
18.山笑ふ  
おほぞらはうなじをさらし春雷す
19.失職日  
父母が嫌いで親王雛に傷
20.鬼の村  
先祖代々鬼の裔なる村祭り
21.家出  
何者でもなく虫歯の痛む吹雪の夜
22.待春
蜜柑剥くためのパスワードを忘れ
23.瓶の底
酒蔵は電波通さず花カンナ
24.記憶
節分や月の軌道を修正す
25.喪失
こんなに晴れて税金のしくみが解らぬ
26.桃の花
向日葵やエゴン・シーレのために枯る
27.肩こり
室の花湿布のうまく貼れぬ夜
28.日曜日
花の種蒔いてしづかな日曜日  
29.春の雪 
風花のくずれるところ見てしまふ
30.採光
気持よく挨拶朝の巣箱かな
31.雪の華
棄てられし手紙に雪の青くなり
32.猫の子
共学に変はる女子校卒業す
33.ドーナツの穴
蛇穴を出づれば汝ペルシャ書体
34.門限        
段違い平行棒春闌けにけり
35.風の日  
その中に羽散らばりて薄氷
36.頭蓋の聖母
月震や木霊と木霊契りたり
37.なんまんだあ
想像におまかせ巷間白椿
38.上毛かるたのうた
  の:登る榛名のキャンプ村
馬も馬糞も濡るるでせうが
まいむまいむが
すみませぬ
39.帽子  
短日やぱたぱた畳むパイプ椅子
40.みなしご  
手ぶくろに魂は収まりますか 
41.モヨロ人
凍裂の音と遠くの交通死
42.何の国       
鳥雲にここで一旦切る台詞
43.家霊           
春愁の芯なり毬に大き臍
44.不穏
水仙と棍棒紙につつまるゝ
45.ショー
大抵の薄氷に影二十代
46.メルヘン
青黴にジャンヌダルクの遺灰かな
47.越冬
運転手の咳の止むまで待つてをり
48.お年頃
寝顔てふ臓器の一部磯あそび
49.風花
ふらここや家族はいつも誰か留守
50.わたしの音楽
早春のビートを刻む渋谷かな
51.新世界心中      
さへづりにたまゆらあたし誰の海
52.その時
薔薇愛でる配管工にある疑惑
53.夏草
答案に補助線ばかり増えて夏
54.FUKAIPRODUCE羽衣「サロメvs.ヨカナーン」より
春一番タクシー運のないワタシ
55.転ぶ
転ぶ自分は白いと思ひつつ転ぶ
56.オートリバース
紅椿地球の裏にカーニバル
57.親しき水
雪の灯を過ればうつし世の匂ひ
58.春ですね!
早春のπと√に遊びけり
59.頽落の日々
ポケットにあたたかなごみ増えにけり
60.自由帳
シクラメン自由帳あるカフェかな
61.春水
竿振ひ仕掛けを飛ばす春の水
62.カミングスーン
苺ミルク本家が歌を歌っている
63.絡繰
幸福や桜の幹が花の中
64.見えぬもの             
スプリングセールのペットショップかな
65.異識墓
からくり説法時超えて宙

村越敦 さんのコメント...

一部作品名と番号が対応しない部分があり、以下のように訂正いたしました。

(訂正前)
63.絡繰
64.見えぬもの             

(訂正後)
63.見えぬもの
64.絡繰

大変失礼いたしました。