光に汚れ
大石雄鬼句集『だぶだぶの服』
こしのゆみこ
『だぶだぶの服』栞文より転載
一九九六年、大石雄鬼さんが現代俳句協会新人賞を受賞したのは「豆の木」句会に参加して半年くらいたったころだったと思う。その間、大石さんが句会に出席しながらも「豆の木」メンバーは受賞を知らず、二ヶ月後「現代俳句」誌に掲載されて、やっとお祝いを言うことが出来た。
当時はインターネットもなく、新聞発表もメンバーみんな気がつかない。それに、「豆の木」のみんなはまだまだ水くさかった。
「豆の木」合宿が堰を切ったように始まったのはこのあとすぐだ。
合宿の時、大石さんは当時ヘビースモーカーだった。くすぶった部屋に、嫌煙派が思いついて、襖越しにした句会は思い出すたび笑いがこみ上げてくる。静かな人というイメージだったのに口げんかもした。大石さんが頭におしゃれのバンダナを巻くタイプの人だということも合宿で知る。
みんなで行く食堂やレストランでは、大石さんはわざとひとりだけ、値段の高い物を注文したりするのだ。その高級ステーキのソースをみんなありがたくスプーンでなめさせてもらった。
出句無制限の合宿では、大石さんはいつも出句数一、二位を競う。清記係が書き終わる間際まで短冊に書く手は止まらない。多作であり、そして体ごと、心ごと、穴があくほど凝視する写生派である。
せっかく「だぶだぶの服」を着たのだからと、脱いだり、ハンガーに吊したり、ボタンの穴や糸のほつれを見たりと大石さんの創作現場はけっこうせわしないのである。考えるより観察。大石さんを取り巻く世界はそれほどせつないわけではない。ズレや違和感を知っている目でひたすら空の色をさがしつづけ、あざやかに季語をきめていく。
ある時、私が「俳号に鬼がついているね」と聞いたら、「当時流行っていたからね」という。ハヤッテイタって、三鬼、鬼房いらい、大石さんの年代で鬼のつく俳人はいるだろうか。。鬼のように俳句に臨む覚悟なのか。
青年のやうな茎から曼珠沙華
焼藷屋柱燃やしてゐたりけり
非核宣言都市へ襖ひらきたる
押し入れが光に汚れ多佳子の忌
大石さんが見た実景であり、実感である。青年のような青々した茎におんなおんなした赤い花がくっついて曼珠沙華はニューハーフのように咲く。焼藷屋はいったい家何軒分の柱を燃やし尽くすのだろう。全国非核宣言自治体率87%。3.11以降、原発0宣言都市へ襖を開きたい、私は。開けられて押し入れの闇は光に汚れちまったようにテレている。
天瓜粉から逃げてきし子が空見上ぐ
鹿の子の親にぶつかるまで歩く
狩猟期の子のいつまでも生乾き
肩車より白鳥のやうに下ろす
「鹿の子」「狩猟期の子」「白鳥のやうに」など、大石さんにとって子はかわいいというよりも、不思議な生き物の存在として描かれる。同時に、もうすでに自我を主張している子を認め、見つめる目は父親の目だ。
夏痩せて小学校のなかとほる
夏痩せてメリーゴーランドと沈む
夏痩せてまだ出てこない種がある
「豆の木」で「夏痩せ」の句が出れば大石さんの句に間違いない。シチュエーションが絶妙で私は密かに大石さんの「夏痩せ」の句を楽しみにしている。夏痩せの自分を愛しみ、楽しみ、遊ぶ。「まだ出てこない種」を私も待っているよ。大石さんの夏痩せの体はまだ未知の、俳句の種の詰まった抽出がいっぱいありそうだ。
えっ「出てこない」ってまさか、便秘?耽美派の私がまた大石さんにだまされてしまうのか。
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