2013-09-22

朝の爽波85 小川春休



小川春休




85



さて、今回は第四句集『一筆』の「昭和六十一年」から。今回鑑賞した句は昭和六十一年の秋の句。十月前後ではなかろうかと思われます。なお、爽波晩年の居住地である大阪の枚方は、「ひらかた大菊人形」という菊人形の展覧会が毎年開催されており、〈菊人形となりて裏切者見据ゑむ〉という句もそこでの作という線が濃厚です。ちなみに昭和六十一年開催の「ひらかた大菊人形」のテーマは武蔵坊弁慶、句の内容にどんぴしゃのテーマだった模様。なお、「青」二月号から連載開始の「枚方から」、十月号はこんな感じでした。写生のお手本として素十俳句を挙げていますが、新潟の亀田って、亀田製菓で有名なあの亀田ですよね。
(前略)さて先月、「何々」を写生しに行く、そしてその何々とは主として「農のくらし」に関わるもので、「動き」とは主としてそこに登場する「人」の動きであると書いたが、これらはすべて私が初学時代に素十俳句に傾倒し、そこから得たものと言える。
 素十は昭和十年、四十二歳のとき新潟医大教授として新潟に住みつき、昭和二十八年、六十歳を迎えて定年となり、新潟医大を退き新潟を離れるまで二十年近くを新潟の地で暮らしている。
 私が俳句を始めたのが昭和十四年。学徒出陣で兵隊に取られていた期間などあるから、私の初学十年という期間と殆ど一致する訳である。
 新潟時代の素十は、何かと言えば新潟郊外の亀田という水郷の地に足を運んで句を作った。「亀田俳句」という呼び名すら残っているぐらいだから、ごく大ざっぱに言って素十の新潟時代とは「農のくらし」の俳句とも言えよう。
(後略)
(波多野爽波「枚方から・写生とは(その二)」)

秋の蚊のすぐさま来るや白砂より  『一筆』(以下同)

白砂青松の地、白い砂浜と青い松林の、広がりと奥行きのあるくっきりとした色彩のコントラストの中を、一直線に飛来する一匹の蚊。「すぐさま」から蚊の俊敏さがありありと窺われる。か行音・さ行音の多用による颯爽とした句の響きも併せて味わいたい。

一棚はみなスパイスで水澄めり

ずらりと棚に並べられたスパイス、インド料理の厨房であろうか。色とりどりのスパイスの小瓶が並び、刺激的な匂い同士が混ざり合った複雑な匂いが胸に迫る。屋内であるが外光のよく入る明るい店内から澄む水が見え、自然と健康的な食欲の湧いてくる句だ。

洗ひたる障子の屑やみな沈む

来るべき冬に備えて、障子を洗ってから貼り替える。庭先などで水をかけて洗う方法もあるが、掲句は池などにしばらく浸け、古い紙が剥がれるのを待って洗ったのであろう。障子洗いが終わってから、池の水の乱れが治まるまでの、たっぷりとした、静かな時間。

菊人形となりて裏切者見据ゑむ

菊の花や葉を衣装に見立てて作る菊人形。芝居の名場面や歴史上の人物を題材とすることが多いが、義経・弁慶主従や信長など、裏切りによって命を落とした者も多い。七七六の破調に独特の勢いがあり、怨みの形相と濃い菊の香が読む者の脳裏に浮かんでくる。

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