2014-02-16

朝の爽波104 小川春休



小川春休



104



さて、今回は第四句集『一筆』に収録された最後の年「昭和六十三年」から。今回鑑賞した句は昭和六十三年の秋の句。この年の九月、渡米する息子に付き添って妻が日本を離れたため、二週間ほど一人暮らしを経験しています。「夜になっても戻らない猫のことを心配する日が続き、心身疲労」と年譜にありますが、精神的な疲労はともかく、身体の方も疲労するとは、夜間に猫の行方を捜索でもしたのでしょうか。

若者らどやどやと湯に稲の花  『一筆』(以下同)

秋の日差しの下、稲の茎の先に白く小さな花が穂のように群がり咲く。この花からイメージされるのは日差しの明るさであり、日中から大挙して入浴している若者らは、朝からの農作業の後か、それとも何かのスポーツの合宿であろうか。活気に満ちた健康的な句だ。

葉鶏頭鶏頭土は固けれど

秋になると、葉鶏頭の直立した茎の頂上部から出た大柄な葉が、鮮やかな紅色に色づく。鶏頭がビロードのような紅の花を咲かせるのもこの頃だ。畑や花壇で育てられているのではなく、乾いた固い野の土に自生しているようだが、その生命力は周囲の草々を圧している。

夜業人帽子きつちり被りたる

秋の夜長に昼間できなかった仕事の続きをすることから「夜なべ」を秋季とするが、会社や工場などでの残業という色合いの濃い「夜業」も併せて秋季としている。きっちり被った帽子は、その職場で定められた制服であろう。整然とした工場の様子まで想像される。

渦潮を夢にまた見むちんちろりん


「鳴門」と前書のある句。春、鳴門海峡の無数の岩礁と潮の流れの速さは、渦潮を生じさせる。しかし今は秋、渦潮も見当たらず、さして波音も高からず、ちんちろりんの聞こえる夜である。中七と下五のリズムが呼応しており、どことなく軽快なイメージの句。

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