平成百人一句 選・関 悦史
「GANYMEDE(ガニメデ)」第60号・2014年4月より全文転載
豊旗雲の上に出てよりすろうりい 阿部完市『軽のやまめ』一九九一年七月
忘年や身ほとりのものすべて塵 桂信子『樹影』一九九一年一一月
百千鳥雄蕊雌蕊を囃すなり 飯田龍太『遅速』一九九一年一二月
日盛の橋に竣工年月日 波多野爽波『波多野爽波全集 第二巻』一九九二年一月
荒々と花びらを田に鋤き込んで 長谷川櫂『天球』一九九二年四月
路地裏を夜汽車と思ふ金魚かな 攝津幸彦『陸々集』一九九二年五月
みちのくは底知れぬ国大熊(おやぢ)生く 佐藤鬼房『瀬頭』一九九二年七月
霜掃きし箒しばらくして倒る 能村登四郎『長嘯』一九九二年八月
銀河系のとある酒場のヒヤシンス 橋閒石『微光』一九九二年八月
夏の浪中上健次大むくろ 夏石番矢『楽浪』一九九二年一一月
花の悲歌つひに国歌を奏でをり 高屋窓秋『花の悲歌』一九九三年五月
猩々に糞投げられし春の昼 岡井省二『猩々』一九九三年九月
天我を釣り揚げんとす凧 阿波野青畝『宇宙』一九九三年一一月
水(みづ)より高(たか)きに/肉(にく)を/量(はか)りて/暮春(ぼしゅん)かな 林桂『銀の蝉』一九九四年一一月
どうころがしても口中の水の秋 安東次男『花筧後』一九九五年二月
白梅や天没地没虚空没 永田耕衣『自人』一九九五年六月
筍掘るとどめの音を土の中 鷹羽狩行『十一面』一九九五年七月
そこにあるすすきが遠し檻の中 角川春樹『檻』一九九五年一〇月
八雲わけ大白鳥の行方かな 沢木欣一『白鳥』一九九五年一二月
瀧壺に瀧活けてある眺めかな 中原道夫『アルデンテ』一九九六年四月
大出目錦やあ楸邨といふらしき 加藤楸邨『望岳』一九九六年七月
倒・裂・破・崩・礫の街寒雀 友岡子郷『翌』一九九六年九月
縁の下しずかに茂る鉈に鎌 鳴戸奈菜『月の花』一九九六年一〇月
みづから遺る石斧石鏃しだらでん 三橋敏雄『しだらでん』一九九六年一一月
虫の夜の星空に浮く地球かな 大峯あきら『夏の峠』一九九七年六月
南無八万三千三月火の十日 川崎展宏『秋』一九九七年一二月
賚(たまもの)のごとく小雪や朝寝して 高橋睦郎『賚』一九九八年四月
たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ 坪内稔典『ぽぽのあたり』一九九八年七月
墨塗りの昭和史があり鉦叩 矢島渚男『翼の上に』一九九九年五月
青大将太平洋に垂れ下がり 大串章『天風』一九九九年七月
無方無時無距離砂漠の夜が明けて 津田清子『無方』一九九九年一〇月
何をしていた蛇が卵を呑み込むとき 鈴木六林男『一九九九年九月』一九九九年一二月
天の河/右岸/左岸も/瞑いなあ 岩片仁次『砂塵亭殘闕』一九九九年
海鼠切りもとの形に寄せてある 小原啄葉『遥遥』二〇〇〇年四月
水なりと突然椿のつぶやけり 宗田安正『百塔』二〇〇〇年一〇月
連翹やかがむと次元一つ消ゆ 和田悟朗『坐忘』二〇〇一年一月
火に投げし鶏頭根ごと立ちあがる 大木あまり『火球』二〇〇一年三月
おおかみに蛍がひとつ付いていた 金子兜太『東国抄』二〇〇一年三月
葛の花来るなと言つたではないか 飯島晴子『平日』二〇〇一年四月
山藤が山藤を吐きつづけおり 五島高資『雷光』二〇〇一年六月
白魚にをどり食ひされゐたりけり 平井照敏『夏の雨』二〇〇一年一〇月
年寄は風邪ひき易し引けば死す 草間時彦『瀧の音』二〇〇二年五月
水の地球すこしはなれて春の月 正木ゆう子『静かな水』二〇〇二年一〇月
水温む鯨が海を選んだ日 土肥あき子『鯨が海を選んだ日』二〇〇二年七月
天空は生者に深し青鷹(もろがえり) 宇多喜代子『象』二〇〇二年一〇月
明朝活字填(つま)りて邃(ふか)し石榴なり 竹中宏『アナモルフォーズ』二〇〇三年六月
甘酒の銀泥怖るのんどかな 磯貝碧蹄館『馬頭琴』二〇〇三年七月
寂しいと言い私を蔦にせよ 神野紗希『星の地図』二〇〇三年八月
見ゆるごと蛍袋に来てかがむ 村越化石『蛍袋』二〇〇三年一〇月
気絶して千年氷る鯨かな 冨田拓也『青空を欺くために雨は降る』二〇〇四年三月
空へゆく階段のなし稲の花 田中裕明『夜の客人』二〇〇五年一月
万有引力あり馬鈴薯にくぼみあり 奥坂まや『縄文』二〇〇五年四月
人類の旬の土偶のおっぱいよ 池田澄子『たましいの話』二〇〇五年六月
神護景雲元年写経生昼寝 小澤實『瞬間』二〇〇五年六月
鷹柱じんるい白き火をあやし 嵯峨根鈴子『コンと鳴く』二〇〇六年五月
風が出て蝉の骸の地を退る 林田紀音夫『林田紀音夫全句集』二〇〇六年八月
をみなとて空山幽谷ふところ手 澁谷道『蘡(えび)』二〇〇八年五月
地球より出る細胞の鬨の声 高橋修宏『蜜楼』二〇〇八年七月
蝸牛やご飯残さず人殺めず 小川軽舟『手帖』二〇〇八年九月
睡蓮やあをぞらは青生みつづけ 恩田侑布子『空塵秘抄』二〇〇八年九月
「しんかい」や涅槃の浪に呑まれけり ドゥーグル・J・リンズィー『出航』二〇〇八年一二月
ニュートリノ桃抜けて悲の塊に 石母田星人『膝蓋腱反射』二〇〇九年二月
我はなほ屍(かばね)衞兵(ゑいへい)望の夜も 眞鍋呉夫『月魄』二〇〇九年三月
つまみたる夏蝶トランプの厚さ 高柳克弘『未踏』二〇〇九年六月
テキサスは石油を掘つて長閑なり 岸本尚毅『感謝』二〇〇九年一〇月
目刺焼く炎の中の笑ひごゑ 男波弘志『阿字』二〇〇九年一一月
人参を並べておけば分かるなり 鴇田智哉『新撰21』二〇〇九年一二月
雪・躰・雪・躰・雪 跪く 田中亜美『新撰21』二〇〇九年一二月
一滴の我一瀑を落ちにけり 相子智恵『新撰21』二〇〇九年一二月
手紙即愛の時代の燕かな 佐藤文香『新撰21』二〇〇九年一二月
今日は晴れトマトおいしいとか言って 越智友亮『新撰21』二〇〇九年一二月
どの眼にも 髪まつはりて 青嵐 斉木直哉『強さの探求』二〇〇九年
火の入りし岐阜提灯の花よ葉よ 宇佐美魚目『松下童子』二〇一〇年二月
氷(ひょう)握る拳で夢野を照らすのか 安井浩司『空なる芭蕉』二〇一〇年九月
黒揚羽ゆき過ぎしかば鏡騒 八田木枯『鏡騒(かがみざい)』二〇一〇年一〇月
春暁の母たち乳をふるまうよ 金原まさ子『遊戯の家』二〇一〇年一〇月
燃ゆる手に包まるる手よ語りつづけ 四ッ谷龍『大いなる項目』二〇一〇年一一月
ダンススクール西日の窓に一字づつ 榮猿丸『超新撰21』二〇一〇年一二月
白鳥定食いつまでも聲かがやくよ 田島健一『超新撰21』二〇一〇年一二月
じきに死ぬくらげをどりながら上陸
御中虫『おまへの倫理崩すためなら何度(なんぼ)でも車椅子奪ふぜ』二〇一一年四月
あぢさゐはすべて残像ではないか 山口優夢『残像』二〇一一年七月
コレラコレラと回廊を声はしる 青山茂根『BABYLON』二〇一一年八月
長雨や人のたまごか野に青む 中村光三郎『春の距離』二〇一一年一一月
君はセカイの外へ帰省し無色の街 福田若之『俳コレ』二〇一一年一二月
ゆく雁やひたすら言語(ラング)たらんとして 小川双々子『非在集』二〇一二年一月
薬湯のような紅茶にただ飛雪 江里昭彦 ウェブマガジン「詩客」二〇一二年一月二〇日号
棺一基四顧茫々と霞みけり 大道寺将司『棺一基』二〇一二年四月
げんぱつ は おとな の あそび ぜんゑい も 高山れおな『俳諧曾我』二〇一二年一〇月
双子なら同じ死顔桃の花 照井翠『龍宮』二〇一二年一一月
とびおりと巻き添え非対称性雁ゆく 大沼正明『異執』二〇一三年四月
侘助に朝の光やロゴスとは 長澤奏子『うつつ丸』二〇一三年六月
永遠に絶叫している白い皿 西川徹郎『幻想詩篇 天使の悪夢 九千句』二〇一三年六月
厠から九月の滝は淋しけれ 澤 好摩『光源』二〇一三年七月
吾(あ)と無 筑紫磐井「GANYMEDE」第五八号、二〇一三年八月
相打ちのつもりで摘むや花菫 志賀 康『幺(いとがしら)』二〇一三年八月
かたつむり刃を渡りきりこちら向く 萩澤克子『母系の眉』二〇一三年八月
魂魄はスカイツリーにゐるらしい 柿本多映『仮生』二〇一三年九月
膨れ這い捲れ攫えり大津波 高野ムツオ『萬の翅』二〇一三年一一月
雪熄みし月の高野の初櫻 黒田杏子『銀河山河』二〇一三年一二月
梅園を歩けば女中欲しきかな 野口る理『しやりり』二〇一三年一二月
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