平成百人一句 選・宗田安正
『アナホリッシュ國文學』第5号冬・平成25年12月20日発行より転載
白梅や天没地没虚空没 永田耕衣 明33・2・21生
銀河系のとある酒場のヒヤシンス 橋 閒石 明36・3・2生
まさかと思ふ老人の泳ぎ出す 能村登四郎 明44・1・5生
他界にて裾ををろせば籾ひとつ 中村苑子 大2・3・25生
艦といふ大きな棺(ひつぎ)沖縄忌 文挟夫佐恵 大3・1・23生
草の根の蛇の眠りにとどきけり 桂 信子 大3・11・1生
われもまたむかしもののふ西行忌 森 澄雄 大8・2・28生
帰りなん春曙の胎内へ 佐藤鬼房 大8・3・20生
おおかみに蛍がひとつ付いていた 金子兜太 大8・9・23生
短夜を書きつづけ今どこにいる 鈴木六林男 大8・9・28生
死者あまた卯波より現れ上陸す 眞鍋呉夫 大9・1・25生
無方無時無距離砂漠の夜が明けて 津田清子 大9・6・25生
百千鳥雄蕊雌蕊を囃すなり 飯田龍太 大9・7・10生
山に金太郎野に金次郎予は昼寝 三橋敏雄 大9・11・8生
葛の花来るなと言つたではないか 飯島晴子 大10・1・9生
海鼠切りもとの形に寄せてある 小原啄葉 大10・5・21生
薄氷の吹かれて端の重なれる 深見けん二 大11・3・5生
チューリップ花びら外れかけてをり 波多野爽波 大12・1・21生
全身を液体として泳ぐなり 和田悟朗 大12・6・18生
在りて遙かな〈古代緑地〉白鳥は發つ 坂戸淳夫 大13・3・4生
黒揚羽ゆき過ぎしかば鏡騒 八田木枯 大14・1・1生
死ぬ朝は野にあかがねの鐘鳴らむ 藤田湘子 大15・1・11生
紅梅や謠の中の死者のこゑ 宇佐美魚目 大15・9・14生
米袋ひらいて吹雪見せてあげる 澁谷 道 大15・11・1生
霜柱人柱幾百万柱 川崎展宏 昭2・1・16生
永遠のいまどのあたり蝉時雨 津沢マサ子 昭2・3・5生
子探しに似て黄落の木より木へ 岡本 眸 昭3・1・6生
いたりやのふいれんつえ遠しとんぼつり 阿部完市 昭3・1・25生
こつあげやほとにほねなきすずしさよ 柿本多映 昭3・2・10生
日輪の燃ゆる音ある蕨かな 大峯あきら 昭4・7・1生
ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず 有馬朗人 昭5・9・13生
初凪や轟沈といふ昔あり 鷹羽狩行 昭5・10・5生
風立ちぬ//骸骨として/蹶(た)つべきや 岩片仁次 昭6・9・24生
生まざりし身を砂に刺し蜃気楼 鍵和田秞子 昭7・2・21生
虹顕つや海汲みつくさむと幼な 柚木紀子 昭8・12・2生
雲触れて膜が溶けあふペンテコステ 小島俊明 昭9・4・27生 注 ペンテコステ=聖霊降誕祭
閃光を見たる閃尖塔蝉時雨 大林信爾 昭9・5・7生
夕刊のあとにゆふぐれ立葵 友岡子郷 昭9・9・1生
船のやうに年逝く人をこぼしつつ 矢島渚男 昭10・1・24生
天皇の白髪にこそ夏の月 宇多喜代子 昭10・10・15生
万物は去りゆけどまた青物屋 安井浩司 昭11・2・29生
人類の旬の土偶のおっぱいよ 池田澄子 昭11・3・25生
はらわたの熱きを恃(たの)み鳥渡る 宮坂静生 昭12・11・4生
やすらへ花・海嘯(つなみ)・兇火(まがつひ)・諸靈(もろみたま) 高橋睦郎 昭12・12・5生
父の帯どろりと黒し雁のころ 大石悦子 昭13・4・3生
花の闇お四國の闇我の闇 黒田杏子 昭13・8・10生
鳥辺野や七竅(しちけう)を穿(うが)たれ混沌は 齋藤愼爾 昭14・8・25生
後の世に逢はば二本の氷柱かな 大木あまり 昭16・6・1生
桃の花死んでいることもう忘れ 鳴戸奈菜 昭18・4・18生
歳旦の松にきかねばならぬこと 辻 桃子 昭18・11・8生
人寰や虹架かる音響きいる 寺井谷子 昭19・1・2生
たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ 坪内稔典 昭19・4・22生
明日は野に遊ぶ母から鼠落つ 志賀 康 昭19・11・11生
肉屋に肉入れるところや夏の月 谷口愼也 昭21・5・17生
前衛に甘草の目のひとならび 攝津幸彦 昭22・1・28生
車にも仰臥という死春の月 高野ムツオ 昭22・7・14生
たくさんの舌が馬食う村祭 西川徹郎 昭22・9・29生
陽炎や母といふ字に水平線 鳥居真理子 昭23・12・13生
頭には男根生やし秋の暮 久保純夫 昭24・12・14生
もりソバのおつゆが足りぬ高濱家 筑紫磐井 昭25・1・14生
男を死を迎ふる仰臥青葉冷 山下知津子 昭25・3・15生
ずずずずと鯨の浮力で目がさめる 江里昭彦 昭25・7・12生
万有引力あり馬鈴薯にくぼみあり 奥坂まや 昭25・7・16生
香水の体を脱いで夜のジムへ 今井 聖 昭25・10・12生
瀧壺に瀧活けてある眺めかな 中原道夫 昭26・4・28生
地下鉄にかすかな峠ありて夏至 正木ゆう子 昭27・6・22生
命あるものは沈みて冬の水 片山由美子 昭27・7・17生
網戸より雨の森とは遠くあり 星野高士 昭27・8・17生
この母の骨色の乳ほとばしれ 鎌倉佐弓 昭28・1・24生
初雪は生まれなかった子のにおい 対馬康子 昭28・10・22生
はんこ屋という秋風に近きもの 永末恵子 昭29・2・15生
初山河一句を以て打ち開く 長谷川櫂 昭29・2・20生
たかんなにはらわた詰まりゐはせぬか 角谷昌子 昭29・2・23生
愚かさや海岸の怪獣へ津波 夏石番矢 昭30・2・23生
尾の見えてすめらみことの更衣 高橋修宏 昭30・12・27生
神護景雲元年写経生昼寝 小澤 實 昭31・8・29生
男来て出口を訊けり大枯野 恩田侑布子 昭31・9・17生
八月の橋を描く子に水渡す 水野真由美 昭32・3・23生
春の山たたいてここに坐れよと 石田郷子 昭33・5・2生
万両は幻影に色つけた実か 四ッ谷龍 昭33・6・13生
空剔(えぐ)る巨大放送局真冬 浦川聡子 昭33・12・12生
空へゆく階段のなし稲の花 田中裕明 昭34・10・11生
春は曙そろそろ帰つてくれないか 櫂未知子 昭35・9・3生
日沈む方へ歩きて日短 岸本尚毅 昭36・2・7生
死ぬときは箸置くやうに草の花 小川軽舟 昭36・2・7生
稲子みる稲子に貌の似てくるまで 岩田由美 昭36・10・11生
断崖に開けつぱなしの冷蔵庫 皆吉 司 昭37・5・13生
夏潮のちからもらひて生まれ来よ 千田洋子 昭37・8・3生
双子なら同じ死顔桃の花 照井 翠 昭37・9・7生
とととととととととと脈アマリリス 中岡毅雄 昭38・1・10生
顔洗う手に目玉あり原爆忌 五島高資 昭43・5・23生
秋簾撥(かか)げ見るべし降るアメリカ 高山れおな 昭43・7・7生
逃げ水を小さな人がとほりけり 鴇田智哉 昭44・5・21生
人類に空爆のある雑煮かな 関 悦史 昭44・9・21生
一滴の我一瀑を落ちにけり 相子智恵 昭51・2・25生
気絶して千年氷る鯨かな 冨田拓也 昭54・4・26生
つまみたる夏蝶トランプの厚さ 高柳克弘 昭55・7・1生
寂しいと言い私を蔦にせよ 神野紗希 昭58・6・3生
海開その海にゐる人々よ 佐藤文香 昭60・6・3生
あぢさゐはすべて残像ではないか 山口優夢 昭60・12・28生
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