2015-09-13

俳句の自然 子規への遡行45 橋本直

俳句の自然 子規への遡行45

橋本 直
初出『若竹』2014年11月号 (一部改変がある)


今回は以前「俳句分類」について論じた部分の補足をしたい。第二十三回から数回にわたって、子規が句に数多く詠んだ季語を挙げていくと、和歌以来の伝統的な季題、いわゆる「竪題」がかなり多くでてくることを指摘し、「時鳥」を例に検討をおこなった。「時鳥」のような竪題季語にははっきりした本意・本情があるので、近世の句では詠み方が類型的になる傾向があるが、その時は比較的詠み方の発想の自由度の高い「横題」(近世以後に季語になったもの)における例出と比較はおこなっていなかった。今回はその横題から「鶏頭」を例に検討を進めてゆきたいと思う。

「鶏頭」は、『万葉集』の時代には「韓(から)藍(あゐ)」と呼ばれ、

  我がやどに韓藍蒔き生ほし枯れぬれど
  懲りずてまたも蒔かむとぞ思ふ    山部赤人

のような歌を見いだすことができるが、平安以降は同じ語のまま色のことを指すようになったため草花の「鶏頭」が歌に詠まれることはなくなったという。その後、その異名「鶏頭」「葉鶏頭(雁来紅)」が下って俳諧の季の詞として詠まれ、近世の歳時記に載ることになる。

そこで子規の「俳句分類」をみると、「鶏頭」で百二十九句、「鶏頭好」で一句、「葉鶏頭」で十六句、「雁来紅」で二句、「黄鶏頭」で四句を集めている。今回はそのうち、「鶏頭」に絞っていくつか検討を行うことにする。

子規自身は、収集した「鶏頭」百二十九句を「(天文)(動物)/(天文)除風月ナシ/(風)/(動物)/植物・地理/器物・衣冠/神人・土木/飲食・肢体・人事/日時(除人事等)/枝葉・色(除人事日時等)/除人事日時枝葉色彩等」の十一種に分類している。それらを見くらべてみると、何と取り合わされているのかを越え、本意本情のようにいくつかの詠まれ方の傾向を見いだせることが分かった。それは「鶏頭」の名前と色、形のもつイメージ、花期の長さなどからくるものである。以下、列記する。

 ①色から連想される日・火・炎・灯への見立てや対比
  鶏頭を吹消す明の嵐哉        淡々     
  昼頃の蝶あたゝまれ鶏頭花      光少
  夕暮も曙も無し鶏頭花        巴静
  鶏頭や只そのまゝに日暮たり     成美

 ②闇・雨(①の発想の反転) 
  鶏頭を黒う照すやけふの月      文鳥
  鶏頭や雨の日記の付落し       可吟      
  鶏頭や闇に見えない火串とも     素外

 ③擬人・擬物(鶏に見たてる)
  くはつと吹く風に蹴あふや鶏頭花   重屋
  手を握る其形やこの鶏頭花      尺草
  鶏頭のつゝたつ庭の嵐哉       任行
  行秋の杖につきてや鶏頭花      草錦

 ④細かい種・こぼれて勝手に咲く
 a鶏冠の種やかへりて鶏頭花      一也
  おのれ咲く菊鶏頭よ垣の中      舟竹
  鶏頭や一つはそたつこほれ種     太祇

 ⑤花期の長さによる
  鶏頭の雪になる迄紅哉        市凶
  ちらぬ身を愧ても赤し鶏頭花     也有
  鶏頭や秋の来るからいぬる迄     桃夭
  鶏頭に秋の哀はなかりけり      闌更
  鶏頭や葉の枯るゝ迄咲て居      太無
  鶏頭は始終を花の盛哉        徳野

 ⑥異名(韓藍・雁来紅)からの連想
  鶏頭や唐のかしらの夕日陰      亀世
  鶏頭や雁の来る時猶赤し       はせを
 b鶏頭や紅錦繍の裏住居        林鳳

 ⑦花の形・立ち姿
 c鶏頭やもきあけられて花の露     李且
 d蝶の吸ふ方を表か鶏頭花       也有
  弁慶が立枯見たり鶏頭花       庭水
 d鶏頭や裏表なき花心         古声
  鶏頭や莟む開くの世話もなし     古翫

 ⑧大きいものとの対比
  鶏頭や牛の背を越す影法師      洞天

 ⑨仏前に供える花  
  わるいのは仏に剪るや鶏頭花     野坡

 ⑩なんらかの知識を基に」する
  味噌で煮てくふとは知らじ鶏頭花   嵐雪
  投遣りの色には赤し鶏頭花      豊井

 ⑪群れて咲く様から 
  鶏頭や追つ勝つに五六本       百明
  三本も五本も淋し鶏頭花       狸友

高浜虚子編『改訂新歳時記』(三省堂)において、「鶏頭」は「花の色も形も、鶏冠に似てゐるといふのでつけた名前である。妖艶といふよりどこか陰鬱の感じがあつて佛花などによく切られる。白・黄等その他の變種も多い。小さい花が無数にむらがり咲いてゐるのであるが、霜が降りはじめる頃まで枯れない。よく見ると小さい實を一杯持つてゐる。」と解説されているが、これら近世の句の詠まれ方の類型に、よく通じているといえないだろうか。

(この項続く) 


        


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