第2回 週刊俳句賞 応募22作品 テキスト
01
屋 根 藤田哲史
屋根の上に春月のぼり憩ひをり
渋滞の灯一連柏餅
熱もてるノートパソコン夏痩す
行々子夜の公園は木の密に
夕ぐれの明るさの瓜冷やしけり
団扇つかふ胡座の股に肘つけて
蛇口よりほとばしりけり生身魂
桔梗の花よりその葉あたたかき
カーテン吹かれ虫籠に届かざる
壁の絵を取りかえてゐる野分かな
02
引 鳥 田中志典
在りし日の父の背中や夏木立
空澄みてIPOD鳴り止まぬまま
昼寝より覚めて芳し醤油かな
ざわめいて鉢の金魚は転回す
蝉鳴きて靴紐ぐつと結びけり
ちいさきがより強さなりふきのとう
五月雨の行き着く先が恋路なり
古書の香に成熟す洋梨おもふ
陽炎や空き家憮然と佇んで
鳥引いて母から便り届きけり
03
life 山口優夢
婚礼の胸を花野と思ひけり
かりがねや背中で閉まる自動ドア
耳に耳触るる寒椿のやうに
手の中の鍵のつめたき吹雪かな
恥づかしささびしさぬるき懐炉揉む
手袋の指抽斗にはさむなり
バレンタインデーの鞄の底に鋲
頬杖も人それぞれや大試験
春宵の花屋に寄らず帰りけり
カラオケに来て泣いてゐる卒業子
04
異邦人 モル
ひまわりのみな孤独なるアラベスク
暖房車ふと重くなる文庫本
湖に水足す銀の如雨露かな
粉雪を食う全身を空にして
西瓜畑隠れん坊の息消える
好きな子の跡をつければ遠花火
ケータイを落とす花畑の底に
稲光吸い込んでゆく枕かな
夏虫の争い標本瓶の中
異邦人の街へと続く夜店かな
05
傷ついて 羽田大佑
雪月夜言葉はナイフにもなつて
冬の夜や愛を言葉にして陳腐
自分から切り出す話冬の草
冗談に傷ついてをり冬苺
春近しキャプテン一人残りけり
龍天に昇る追悼コンサート
春泥を耕すごとく遊びけり
春愁のパンの空気を抜きにけり
山葵田の水は富士より温みけり
終盤の指揮は大きくクロッカス
06
海鳴り 奈月
話すことなくした雪の風見鶏
水鳥の声やタクシー休憩中
冬珊瑚兄が欲しいと海鳴りす
クレームの電話アロエの花盛り
午睡して幼き春を抱きけり
母は庭に夢を隠している二月
春風を呼ぶみずいろのハーモニカ
春ショール本音を描ききる鉛筆
卒業の朝の新聞読みにけり
てふてふのこゑは光をさそひけり
07
気分はもう戦争 タニユウスケ
開戦ぞ身近な猿の後頭部
撃たれてゲームソフトを交換す
ひろびろと乾くや印刷用の烏賊
竹やりに名前を彫りし彫り師かな
戦場を先づくちびるがもげてゆき
屏風もて運ぶ草生す屍かな
上空やミサイルは雌犬となりぬ
逃げまどふ防空づきん赤づきん
焼跡より出てくるテスト全部満点
終戦やリプトン紅茶永遠に
08
きりん 石塚直子
寒月や空の水槽光りたる
養豚車揺れ助手席のポインセチア
無精髭嫌ひ嫌ひと鱈鍋す
鍵の音重なりあつて御神渡り
返品雑誌堆うず高く漱石忌
少女らの頬赤かりし弓始
猫より欠伸移りし冬の日かな
石切り場より出でしかな冬の虹
スイッチを切りてひとりになる小春
春待つや蹴って蹴ってく補助輪車
09
ハーモニカ 生駒大祐
教会の影梅の木にかかりたる
春の風ハーモニカには穴の列
ことごとく空を透きたる梅見かな
図書館の窓あをあをと春休み
残る鴨ボート置き場のごちやとして
爛春の物みな顔にみえし日よ
花冷えの石碑に空のかすかなる
カーテンの波うちぎはへ春の雪
尻のせてふかき座椅子や百千鳥
春の灯のともり柱の短さよ
10
ぽろぽろと 小林鮎美
この先は各駅停車春の旅
卒業期画家の名前の喫茶店
春の私うずまき管をふたつ持つ
水槽に蛸の吸盤春の月
ぽろぽろと梅が咲く日のつけまつげ
梅を見ていて頭蓋骨白くなる
蝶の眼の中でわたしが裏返る
人間の頭重たき遅日かな
春愁トイレに青き水流れ
春の夕暮れ砂場から魚の歯
11
大 和 らくは
新涼や死にゆく祖父と話題がない
蛍光灯照るや螺旋の梨の皮
春空の底の電線修理中
負けたんじゃない譲ったの春の鹿
高校生ぴいちくぱあちく鷹鳩に
春の鹿のぬれた眼を奪ひたし
たいていのものは輝く春夕日
あの変な屋根は教会日足伸ぶ
春の山白い風車は発電中
泥ついて気にもせぬらし春の鹿
12
移りゆく四季の句 悠城
凍蝶の生の重さや石の上
霜を踏む音に重なる笑い声
雪婆冬の訪れ知らせゆく
雪解けのよどみし水の行く末は
ひな祭り心華やぐ雨夜かな
夜に咲く色とりどりの浴衣かな
打ち水をさす人々の優しさよ
夏の日の思い出詰めたラムネ飲む
朝露に濡れる足元いと涼し
膨らんだ餅の中には夢詰まる
13
青 岡本飛び地
かすみ草まあるく咲いて雨の音
春色のネイルなぞなぞあそびなり
祖母の梅また咲く熊のぬいぐるみ
ゆったりと曲がる二車線春の闇
交番のあたり明るし花の雨
香るもの多くてバレンタインデー
何もかも恐ろし川を行く子猫
回廊の慌しくて沈丁花
略奪愛未遂のままか猫の恋
菜の花は踏まないで手の鳴る方へ
14
四季の移り変わり 山風嵐
初雪と子どもの声が空に舞ふ
地に降りてすぐに溶けゆく細雪
小春日を浴びてしばしの一休み
夢を見て種蒔きすれば芽吹く色
道の途中菫の色が目の端に
満月の光届かぬ街の中
緩やかに巡る山々紅葉狩り
滴乗せあじさいの花の水遊び
水の中掬ひし金魚がひとりきり
稲妻の遠くの音が耳を打つ
15
四 季 水篶
朝寝するまどろむ君とただ二人
はたたがみ天の叫びか呼び声か
木漏れ日と素馨の香りに酔ひし午後
虫時雨耳に入れつつだんご食む
白菊が揺れる墓標よくぐつうた
窓辺より足跡たどる冬日和
夢に見し灰の雪ふる焼けた空
篝火へ向かひて死する冬の蝶
寂寞とたたずむ寒月吾に似て
東雲に冴え吹く疾風身に刺され
16
昼の月 大穂照久
冬凪やうすく華やぐ三角州
東より流るる川や雪しんしん
結氷をまだ見ぬ水辺にて遊ぶ
受刑者の横一列やクリスマス
一抹の水を抱ける芒かな
海岸に白き車や春浅し
春暁の鏡の裏の温みかな
蠟梅や蛇口に残る一雫
雨傘を乾かしてゐる春の宵
コンタクトレンズにあふれ春の水
17
多孔質 飯田哲弘
春宵の爪はぬぬぬと伸びゆけり
死に飽いて無垢なる二人静かな
胸骨のうらを涼しき牛のちち
炎昼に幽霊の歯が追ふてくる
多孔質の友よしつかり憎め憎め
神の名は多すぎないか秋の蝉
いつせいに埴輪の歌いだす良夜
大根の切りくち乾きゆくを見ゆ
鯰打ちのめされ雪の積もるまま
流木の哭きをる冬の苺買ふ
18
来歴否認 久留島元
鬼儺もう鬼の句も見飽きたし
継子だという夢を見る今朝の春
雪残る血液型を確かめる
春の雪本当の阿母さんはどこ
きさらぎや一つ目小僧追いかける
古都に居て木の芽は阿修羅像気取り
春の雨ガラスケースに土偶の眼
正体は流浪の王子いぬふぐり
涅槃西風テラノボンサンヘヲコイタ
トンネルを脱ければ雪の降らぬ国
19
日常の中で 果糖由宇
春の風邪ホットレモンに満たさるる
天然味ホップの旨みは深く苦い
夢多き笑顔ばかりや千歳飴
福笑い平成世代に薄れゆく
生姜湯すすりて熱の体かな
待ち人に涙一粒氷解く
初雪で寒さ感ずる友の足
アリエナイ聖夜のともは参考書
やってきた春一番と花粉症
風車手に持ち歩む第一歩
20
暖かな、冷たくとも暖かな光 真白
門を出て霙混じりの花吹雪
てる坊主リュックに結び遠足へ
磯遊び岩陰のぞき貝つかむ
水槽にビー玉落とす暖かし
雪景色花火にあわせ変わる色
裸木をてんでに撓める吹雪かな
沈黙を轆轤でまわす外は雪
紅葉散るキャンドルファイアに照らされて
穏やかな草摘む指に海水晶(アクアマリン)
赤んぼう警戒しつつ手になずな
21
心の底 酒井俊祐
この朝の薄氷という底面も
亀鳴くや空からごみの降つて来る
雑貨屋の赤赤赤や涅槃の日
三寒四温喉元の髭残り
台本のB作が死ぬ月朧
部屋荒れてそろそろ緋桃咲いて来し
蛇穴を出てとろとろの化粧水
花水木杉並区からリクエスト
黄砂ふる有馬朗人の自筆かな
さつきまで夜汽車なりけり春の潮
22
傘のうら 浜いぶき
淡雪や展望室の仄暗し
白魚にちひさき眼透けゐたり
残雪の瘤のやうなる交差点
鉄骨の組み上がりけり木の芽吹く
蒲公英にあるひとすぢの真空よ
傘のうらの色やはらかき春の雨
ごつそりと雄蕊の束や落椿
春の塵連れ入線の電車かな
卒業の紅きスカーフほどきけり
踏青や髪上げてより鬼となる
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鈴木茂雄さんから22作品についての感想をいただきました。ここに掲載させていただきます。
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「第2回週刊俳句賞応募作品を読む」 鈴木茂雄
今回は「第2回週刊俳句賞発表」の応募作品22編、全220句を読ませていただきました。受賞作品、高得点句ということに惑わされず(笑)、わたしの好きな作品を揚げてその感想を述べさせていただきます。
俳句とは何か、応募した若い人たちはそんなことも考えながらこの俳句を作ったのだろうか。それとも手軽な表現ツールのひとつとして、とりあえず俳句という詩形に自己表現を託してみただけなのだろうか。俳句を作る、こんな言い方に不満を抱く人はいるだろうか。俳句を詠む、という場合はどうだろう。いまの若い人たちは、俳句を書く、と言っているのだろうか。わたし自身は俳句を書くと言っていたことなどを思い出し、こういう質問もまた俳句という詩形に対する姿勢を窺うひとつ、そんなことを思いながら一句一句読ませていただきました。
熱もてるノートパソコン夏痩す 藤田哲史「01 屋根」
一読、痩せた青年が暑い部屋でノートパソコンにむかっている情景が思い浮かぶ。俳句は一人称の詩だから、この「夏痩す」は断るまでもなく作者自身のことだろう。「熱もてるノートパソコン」には現代の若者自身を彷彿とさせるものがある。ときどき自分自身のこころのコントロールパネルを開いて修復し、リセットするのだが、ときに加熱し過ぎてフリーズすることもあるのだ。「夕ぐれの明るさの瓜冷やしけり」「カーテン吹かれ虫籠に届かざる」にもこの作者の俳句的視点を窺うことができた。
婚礼の胸を花野と思ひけり 山口優夢「03 life」
詩は断定であるという好例を示す佳品だが、こういう作品に解説はヤボというものだろう。そうそうと頷く以外に鑑賞の手だてはないからである。だが、ひとつだけ方法はある。季語に尋ねるという方法だ。季節は秋、草花の咲き乱れる一見華やかだが一抹の寂しさがただよう野原を思い浮かべるといい。その季語「花野」を得て作者が紡ぎ出した「婚礼の胸」というコトバがすべてを物語ってくれるだろう。「かりがねや背中で閉まる自動ドア」「耳に耳触るる寒椿のやうに」「バレンタインデーの鞄の底に鋲」「春宵の花屋に寄らず帰りけり」などは写生では飽き足らないと、心理描写を試みようとする作者の傾向が窺えて頼もしい。
ケータイを落とす花畑の底に モル「04 異邦人」
「花畑」で「ケータイ」を落としたという。落としたときに音はしなかったはずだから、この「落とす」ということは、すなわち失くしたということなのだろう。「底に」という設定は、まるで奈落の底にでも落としたという響きがある。作者が途方に暮れたこの「花畑」もおそらく「圏外」だったに違いない。「底に」というコトバがここでは幻想的であると同時に現実的な描写になっていて、じつに効果的な一語となっている。ほかに「暖房車ふと重くなる文庫本」は現実的、「湖に水足す銀の如雨露かな」は幻想的、「好きな子の跡をつければ遠花火」はその中間という読み方のできる作品もあって楽しませていただいた。
春愁のパンの空気を抜きにけり 羽田大佑「05 傷ついて」
「雪月夜言葉はナイフにもなつて」「冗談に傷ついてをり冬苺」「自分から切り出す話冬の草」など、この作者の作品にはすべてストレートなコトバが並んでいて、揚句はその感情をグッと抑えて情を抒べるのに成功している。俳句は情を抒べるのではなく像として描くものだというが、若い人にはもっともっと感情を表に出して欲しい。誤解をおそれず言えば、写生とは俳句の基本ではあるが、けっして目差すべきものではない。
図書館の窓あをあをと春休み 生駒大祐「09 ハーモニカ」
古格とまでは言わないが、応募作の巻頭に置いた「教会の影梅の木にかかりたる」など、俳句の骨法を踏まえた作風に好感を持った。なかでも揚句は夏休みとはまた違った雰囲気の「図書館」を抒情的に歌い上げている。試験も無事に済んだ作者のこころの表れが「図書館の窓」に「あをあをと」映し出されているのが見て取れる。ほかに「カーテンの波うちぎはへ春の雪」「春の灯のともり柱の短さよ」など、抒情的傾向の作品に注目した。
ぽろぽろと梅が咲く日のつけまつげ 小林鮎美「10 ぽろぽろと」
「白梅の蘂バカボンのパパなのだ 撫子」という愉快な作品があるが、揚句はその梅の「蘂」を「つけまつげ」に見立てたのだろう。見立てたというより、この作品は「ぽろぽろと梅が咲く」のに気がついたある「日」、作者は鏡の中の自分の顔の「つけまつげ」をふと意識したのだろう。意識した途端に「つけまつげ」が妙に気になって仕方がない。「ぽろぽろと」という擬態語が「つけまつげ」にも掛かっているようで面白い。「春の私うずまき管をふたつ持つ」「蝶の眼の中でわたしが裏返る」「春愁トイレに青き水流れ」などに、今後の作者の俳句的可能性を見る思いがした。
コンタクトレンズにあふれ春の水 大穂照久「16 昼の月」
「コンタクトレンズ」といえば「コンタクトレンズみづいろ新樹光 金子敦」という作品が、「春の水」といえば「春の水とは濡れてゐるみづのこと 長谷川櫂」という作品が思い浮かぶが、揚句はその「コンタクトレンズ」に、まるで涙のように「春の水」を「あふれ」させたのが作者の手柄、瑞々しい抒情の作品に仕上がっている。「雨傘を乾かしてゐる春の宵」も気になる作品。
ほかに次の作品が印象に残りました。
母は庭に夢を隠している二月 奈月「06 海鳴り」
戦場を先づくちびるがもげてゆき タニユウスケ「07 気分はもう戦争
」
石切り場より出でしかな冬の虹 石塚直子「08 きりん」
交番のあたり明るし花の雨 岡本飛び地「13 青」
いつせいに埴輪の歌いだす良夜 飯田哲弘「17 多孔質」
黄砂ふる有馬朗人の自筆かな 酒井俊祐「21 心の底」
残雪の瘤のやうなる交差点 浜いぶき「22 傘のうら」