サラセンの風 ……中島 隆
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烏賊墨のパスタの渦にひとりをり
アドリアの風涼しかり硝子窯
鉤鼻の仮面を売るや片かげり
ジパングはこの沖の沖日の盛る
サラセンの風に吹かるる揚羽蝶
石の間より贖罪の蜥蜴の目
簒奪と祈りの丘や青葡萄
啼く鹿やシャトーホテルの鎧窓
秋澄めり木片に似し聖者の手
頸長き女王のコイン秋の航
漱石のKの署名や秋微雨
ホームズは何処や霧の石畳
蜻蛉の群るオリエントの終着駅
湧きあがるオスマン軍鼓黄落へ
魔女たちの集ふ丘らし秋薔薇
実石榴やレジスタンスの墓ひとつ
冬の雷カインの裔の眠る村
山積みの軍帽売るや寒灯下
着膨れて犇く国境検問所
幾つめの国を過ぎるや木の実風
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1975年より20年余り、実務では海外建築家との共慟、その他、文化財に関する各大学の共同研究などを含め、年に5回くらい、各国を歩いた。滞在期間もさまざまである。
私の海外詠としての姿勢は、日本で詠むときと変らない。ただ、出来るだけ絵葉書にならないよう心がけて、その折の気候、風土、宗教、慣習など、特に歴史や地霊は大切にした。なかでも東西ドイツに滞在前後を通じ、ベルリンの壁の崩壊、東欧の開放の時期にあたり、その衝撃は忘れられない。 ここに掲げた句は欧州が中心で、北米、カナダ、東南アジア、イスラム諸国などは割愛している。
今日では、世界の自由な往来、情報の同時性などで海外詠の概念も変わって来ているようである。その意味では、まだ、一部しか知らないが夏石番矢氏の世界俳句としての品格、句集『地球巡礼』には、貴重な示唆があると思う。
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