林田紀音夫全句集拾読 197
野口 裕
一条の汗ひそやかに夜へ落ちる
昭和五十三年、未発表句。前項、「水はさやかに…」の次の句。この句から、出て行く水は汗と推定できる。未発表句ならではの種明かし。
雌伏して籠の汚れの兜虫
昭和五十三年、未発表句。「雌伏」と書いているが、この兜虫に「雄飛」の機会は訪れないだろう。あるいは死んでいるのかも知れない。兜虫に人間を重ね合わせることで見えてくるものがある。作者のまなざしは兜虫を遠く越え、人生の一断片を透視している。
鈴木六林男に「雄にある雌伏のあわれ鴎外忌」(『雨の時代』、一九九四年)があるが眼前の景とその後の未来への目の据え方の違いが興味深い。
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吊り橋の揺れ身に残るにぎり飯
昭和五十三年、未発表句。さっき渡ってきた吊り橋のせいで、まだ地がふらふらと揺れている。かえって、手の中にあるにぎり飯の方が揺れず、万物の中心にあるように不動に見える。
解釈の一例を挙げてみたが、人体の感覚の中に残る揺れとにぎり飯の関係は一意には定まらないだろう。多様な解釈を許容するが、にぎり飯が句の中心にしっかりとある。「季語+それ以外」という手法を意識するしないにかかわらず、結果として、できあがった句がそう見えてしまうことはよくある。この句が、「にぎり飯+それ以外」という風に見えてしまうのは無意識の所産なのだろうが、読者を色々と考えさせてくれる。
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