林田紀音夫全句集拾読 206
野口 裕
手枕にとどく西日の古畳
昭和五十四年、未発表句。畳に寝転んでいたら、西日がさしてきた。まぶしくなって、仮眠が中断された、ぐらいの情景だろう。昭和二十年代のようなレトロな雰囲気を漂わせ、懐旧の思いしきりというところか。
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雨の重囲に落ちて檸檬の輪を浮かす
昭和五十四年、未発表句。「檸檬の輪」は、おそらくレモンティーだろう。「落ちて」が落ち武者を連想させる。家に閉じ込められた状況ともとれるが、外出先でにわか雨に遭ったのだろう。軽い日常光景にしては言葉が物々しい。その点では紀音夫の詠みぶりを端的に表している。
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人の香に茄子にやさしく通り雨
昭和五十四年、未発表句。一句目の「香」は、気配と言いかえても意味は通じる。はたして人は、この世の人かどうか。贈り物のように茄子に雨粒がついてゆく。
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自転車を倒す渚の飢えひととき
昭和五十四年、未発表句。どこにも自転車をもたれさせるところがない渚で、自転車を倒し、空腹のままひとときの休憩を取った。ぐらいの句意になるだろうが、「飢え」が句のバランスを壊すほど異様に響く。さかのぼって、自転車を倒す行為に何らかの意味の投影を期待したのだろう。だが「ひととき」の措辞は、それらを受け止めきれない。まだ推敲するつもりだったのだろうか。
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