世界最年少俳句選者誕生
《ハイクラブ》創始にあたつて
島田牙城
二ン月はそのまま水の絵となりぬ 中山泡
人参が並べてあるし盗もうか 福田若之
三回で剝けしみかんを二つに割る 島田牙城
門松と言いきるパイナップルふたつなかやまなな
木琴を叩く社長のループタイ 倉田有希
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「里」2月号から始まつた「佐藤文香選句欄《ハイクラブ》」上位の作品たちである。(投稿規定は文末に記載)
実際にはそれぞれ7句、6句、6句、5句、5句といふ入選数で、中から各1句を拾ひだした。
編集部がこの欄について書けといふ。
無茶な話で、僕は企画者なのだから始まる前に声高に宣伝したり、終はつてからバーカウンターでの反省話を記すことは出来ても、始まつてしまひ進行中の今は批判に晒される身なのであつて、何か書くとそれは自己弁護になる。
ただ、この選句欄、1同人誌の内部で完結する企画ではなく、雑誌の外の人に投句の門戸を開いてゐる。(誰かから「里」を見せてもらへる環境であるならば、「里」を購読する必要すらない)。
なので、開始早々といふこともあり、多くに周知される方便として何か書かせて頂くのも悪くはないのかなと、しぶしぶ承諾した次第(ほらー、始めから自己弁護になつてるよー)。
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選とは何かといふことを考ヘ始めると、俳句・俳諧だけでも連句の「捌」のことへ視野は飛ぶし、古くへ視線を向けるなら『万葉集』は勅撰集なのか私撰集なのかといふ『万葉集』の性質を一変させる問題にも行き着く。
まあ、けふは深みへは嵌らぬとして、身辺を振り返つてみると、互選と単独選の問題といふのが、現在進行形の切実な問題だと思ひつく。
僕たちの同人誌「里」にもいくつかの句会報を毎月掲載してゐる。送られてくる原稿は互選の点数順である場合が多い。
今、互選になる意味を忖度すると、同人誌であるから参加者に上下の関係はなく、句会結果を端的に示すには妥当な方法なのであらうといふことが見えてくる。
でもこれ、点の高い句がいい句といふ落とし穴も待ち構へてゐて、すごく危険なのである。だから、僕の出席した句会報ではできるだけ「島田牙城選」の句を記載してもらつてゐる。
面白いのは、僕の特選句が互選点数の下位であることがしばしばだといふこと。ここには、選の個性といふことが見え隠れしてゐる。
僕は高浜虚子の「選は創作なり」といふアフォリズムを正しいと思うてゐる。
特に初心時代、どういふ選者に出会うたかといふのは、その人の俳句人生の大方を決定づける一大事なのではなからうか。
相当確固たる文学意識を持つに至つた中年以降、まあ言うてみるとひねくれてから俳句の道に入るやうな人ならいいのだけれど、10代20代、せいぜい30代で俳句を始める人にとつて、どういふ先達に出会ひ、どういふ選を受けるのか、その影響はすごく大きなことのはずだ。
さういふ人たちの俳句との邂逅の時期に、仲間同士での互選では心許ないし、高点に選ばれるであらう平準で一寸気のきいた句が良しとされる悪弊は計り知れない。
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では、あまり間隔を置かずに定期的に誰かの選を受けようとすると、若い人たちはどうすればいいのだらう。
最近の動向を斜交ひから見てゐると、どうも結社誌を否定してゐる風でもない。「海程」「天為」「銀化」「百鳥」「鷹」「澤」など、無手勝流で始めて暫く無所属だつた若い人たちが、進んでさうした結社誌の門を潜つてゆく後姿を見ることができる。
悪いことではない。ないけれど、僕はそこで、これでいいのかな、と首を傾げるわけである。まあ、ひねくれてゐるのです。
たとへば三浦健龍の《枯野より毛蟹のごとき鞄挙ぐ》などの作品を称揚した飯田龍太は50代前半だつた。龍太は30代後半から「雲母」の選者をしてゐる。
伝説の俳人藤原月彦が「渦」同人になつた時の赤尾兜子は49歳だつた。
田中裕明が「青」同人になつた時の波多野爽波も50代半ばだつたはずで、爽波が雑誌選者になつたのは30歳である。総じて、選者が今より10も20も若かつた。たつた3、40年前の話である。
上に6誌挙げたけれど、「澤」の小澤實が56歳、「鷹」の小川軽舟で51歳、現俳壇の最も若き選者だ。
来週56歳になる僕が思ふことだけれど、僕自身、10代20代の若者の心をどこまで掬ひ取れるものなのか、実にあやしい。はつきり言つて自信がない。
まして、70代80代の俳人が20代30代の若者の句へ50年の時の差を経た文学観人生観で選を施して影響を与へるというのは、あまり健全なこととは言へないのではないか。
最近櫂未知子が、「コンビニ」といふ単語に対して俳句に使ひたくないといふ心の内を吐露するついでに、若い作家に媚びる必要はないということを漏らしてゐた。
実に素直、そして頑固。
すでにここに世代間ギャップはあからさまなのだ。櫂はまだ52歳である。
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そんなことを思うてゐたところへ、短歌誌「未来」(岡井隆主宰)が笹公人(37歳)選歌欄、黒瀬珂瀾(35歳)選歌欄を始めるといふニュースが飛び込んできた。
短歌の世界は常に変化を求めてゐる。そして〝現代〟の中にあらうとしてゐる。俳句が超然としてゐていいわけがない。
早速「里」の同人でもある佐藤文香(27歳)にメールして、
〈若い人に雑誌媒体に馴染んでもらふ〉
〈若い人に定期的に句作する習慣を身に付けてもらふ〉
〈文香自身も若い人の句に正面から向き合ふことで、「考へる」時間を増やす〉
結果的に俳句に真剣に向かひ合ふ若年層の掘り起こしに結びつける、といふことを強調して選句欄創設を訴へた。
5日後には詳細が決まり、9日後には募集が始まつてゐた。
若い人と仕事をすると早いのである。
先づは1年限定でやる。そしてVol.1発表が終はつた。
何が生まれるのか、僕には判らない。
ただ、どんなにインターネットが普及しようとも、活字媒体は無くならないであらうといふ予感がある。いや、逆にすごく貴重で大切な媒体としての意義が強調される日が来るのかもしれない。
ネット環境で俳句を始め、仲間同士の句会を楽しむ若者が活字による発表の機会を大切に思うてくれるやうになるならば、第一の目標は達せられる。
次に、1人の特定の選者による一定の価値観によつて定期的に選ばれるといふ機会を持つことで、俳句とは何かといふことを考へる心棒を投句者1人1人が持つことができれば、第二の目標は達せられる。
そのために1年間、20代の佐藤文香が一肌脱ぐわけだけれど、佐藤にとつてもさまざまな投句者と真剣に向き合ふことで、俳句観の幅と奥行きを広げられるはずである。
選とは自己の俳句観の押し付けではなく、投句者との会話のうちに成立する共同制作作業なのだから。
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ここからは少し身内話になるのだが、「ハイクラブ」にとつて「里」つて何、といふのと、「里」にとつて「ハイクラブ」つて何、といふ双方からの疑問を投げられることがある。
それに応へておかなくては、投句もしづらからう。
「ハイクラブ」を自動車に、「里」を空間にたとへれば判り易い。
「ハイクラブ」が走り始めたら、たまたま「里」といふ駐車スペースがあつたので、1年間車を停めますよ、といふ関係だと思うてもらふといいのかな。
「ハイクラブ」が1年後どこへ走り去るのかを僕は知らない。
駐車場側からいふと、最新鋭の車が1年間も留まつてくれるのだから、これは儲け物。いつぱい観察して刺激を頂かうと思うてゐる。
といふ訳だから、「ハイクラブ」といふ車に乗りたい方は自由に乗ればいい。「里」同人であるとかさうでないとか、関係ない。
「里」の同人の中にも、いつも出してゐた同人欄より「ハイクラブ」といふ車の性能に魅了されてしまふといふ人もゐるだらうが、もともと同人誌、個々の意識の寄せ集めなのだから、それはそれで面白い動きなのかなと思ふ。
同人に特別作品を依頼する時、「同人欄へも必ず投稿して下さい」と付け加へるのが常だけれど、《ハイクラブ》はそれとは性質が異なる。今後《ハイクラブ》に出して同人欄に出してこないといふ人が出たとしても、それはその人の考へ方、といふだけのことである。
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まあ、そんな下世話な話はいいとして、
この文章の頭に、「ハイクラブ」V0l.1(「里」2月号掲載)より僕の好み5句を抜いておいた。これ、面白くつて、選者である佐藤文香が選後評「コメント」で触れた句は、
奥のある冬木の中に立ちゐたり 中山泡
いい町で吞むいい安い熱い酒 福田若之
妻重し午前六時に雪掻くも 島田牙城
一陽来復毛が生えてくるところ なかやまなな
自転車は漕ぐべし顔は信長で 倉田有希
だつた。僕の選と全く合はない。世代間ギャップなのか、個性の違ひなのか。もうそれだけでも、佐藤文香選句欄を創設した意味があつたなと、僕はニコニコしてゐる。
今の「ホトトギス」は見てゐないので知らないが、嘗て虚子時代の「ホトトギス」には「課題句」欄があつて、20代30代の有望な俳句作者が俳句選者としても鍛へられてゐた。
体系的に調べた訳ではない今の思ひ付きだけれど、選者となつたことがそれぞれの作者としての器量を伸ばしたといふことがきつとあつたはずである。そこへ大家も投句してゐた。
《「ホトトギス」「課題句」欄の歴史》、といふ研究テーマでどなたか調べてくれないだらうか。
今の俳句界、全体で、若い選者を増やしてゆく努力をするといい。
たとへば俳句甲子園など、もうイベントとしては充分に定着してゐるのだから、老人を選者に呼ぶ必要性はなくなつてゐるのではないか。10数年経つてゐるのだとしたら、そろそろ俳句甲子園のOG,OBが選者に登用されてもいい。
田中裕明賞の選考委員が総じて中年(?)であるのは言祝ぐべき例外であらうか。
いかん、筆が滑りさうになつてきた。
頑なに選者を続けてゐる老人の俳句は、概ね面白くないよね、早く選者を卒業して惚けて下さいね、そのはうがきつといい俳句を生める、といふことをある俳人を例に書かうとしたのだけれど、それについては、いづれまた、といふことにして、けふのところは筆を擱く。
現時点での世界最年少俳句選者となつた佐藤文香と、その選句欄《ハイクラブ》を宜しく。
大方のご投句をお待ちしてをります。
(追伸)
企画者としての「ハイクラブ」への2つの希望がある。
1つは、盛り上がることで「ハイクラブ」の「里」への停車時間が延びてくれること。
もう1つは、若い人の投稿はそれなりに確保できるだらうけれど、さまざまな方に投句してきて頂きたいなと思つてゐること。
Vol.1に上田信治、高山れおな、お2人の名のあることで、僕は大いに勇気づけられた。
あ、もうひと言だけ。
《ハイクラブ》に掲載された句は、誰々の句といふだけでなく、佐藤文香の選を通つた句と認識して頂けると有り難い。
「選」とはさういふことである。
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選句させてください!
佐藤文香選句欄「ハイクラブ」 投句規定
佐藤文香が毎月俳句を選んでコメントを書き、「里」誌上で発表するという企画です(1年限定)。「里」入会不要。メールでどなたでも投句できます。
俳句は初めての方、新しい俳句に挑戦したい方、本気の俳句をお待ちしています。
◯3〜10句
◯いろいろ自由
・現代仮名遣い・歴史的仮名遣 どちらも可
・季語の有無自由、有季の場合季節も自由
・メールを確実に使える方なら年齢制限なし
※紙(郵送)による投稿は不可
◯投句方法
haiclub.sato@gmail.com (投句専用アドレス)宛に
タイトル;ハイクラブ○月号投句 名前もしくは俳号
内容;1行目に名前と年齢(年齢は誌上では公開しません)
以降1行に1句ずつ、行間や空白をあけず書いてください。
(3句以上10句まで)
次回、4月号は投句締切2/28 発行3/31、以降月末投句締切、発行翌月末を予定。
【「里」とは】
◯「里」は月刊の俳句同人誌です。500円/1冊にてご購読いただけます。「高校の部活動で1冊」「投句者数人で1冊」でもかまいません。選句・選評の結果をご覧になりたい方は、お買い求めください。
※もし、誰かが見せてくれるなら、それでOK。
◯「里」見本誌のご希望、購読等については 佐藤文香 または島田牙城に、ご連絡ください。
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