2014-09-07

【週俳7月の俳句を読む】ひらめき 広渡敬雄

【週俳8月の俳句を読む】
ひらめき

広渡敬雄



スタートダッシュ夏の部品となる少年   宮崎斗士

夏休みに突入!少年は夏を謳歌し、主役となって行動する。
まるで夏という総体の個々の部品となり、それを組み立てると、日焼けして一段と大人びた少年になるかのように。
触覚の研ぎ澄まされた作者にして言える、「部品」という特異な措辞であろう。
作者の師金子兜太の句に「二十のテレビにスタートダッシュの黒人ばかり」がある。1964年の東京オリンピックの第一回ポスターは亀倉雄策の「男子100メートル」であり、スタートラインには黒人も白人も描かれている。
ところが、実際の男子100メートル決勝は全員黒人!
躍動する黒光りの筋肉、機械のような加速。興奮の坩堝の国立競技場。
全校生徒観戦の体育館、街角の電気屋では全てのテレビがそのシーン。
大観衆の歓声の中、ボブ・ヘイズが10秒0の世界タイ記録で優勝した。
この句の少年たちも、来る2020年の東京オリンピックで、その栄光の現場
に立ち、その熱狂を生涯の夏の部品として刻むのだろうか。


寝苦しき一夜の明けて蓮の花   遠藤千鶴羽

蓮の花は天上の極楽にいつでも咲いている花と言われる。
翻って、この地上の蓮の花は盛夏の池沼に早朝から三時間位で開花する。
連日の熱帯夜で熟睡も出来ず、浅い眠りが続き、身体がだるい。
起きたてのややまどろんだ眼に鮮やかな蓮の花。
朝曇りではあるが、昼前にはかんかん照りの極暑が予想される。
鬱々としたけだるい夏の朝の心境を蓮の花を逆手に取って表現したものだろう。


海潰すわれも墓標の一本です   豊里友行

本土とは異なる亜熱帯気候特有の自然環境と、独自の文化に育まれてきた沖縄をいつも誇りにして創作を続ける作者。
それゆえに、美しい珊瑚の海を永遠に潰す、米軍基地移転のための辺野古の海の埋立て工事に、否の行動を続ける。
自身が、一本の墓標となっても、愛すべき沖縄の自然を守ろうとの熱い思い。
俳句は主義主張を排して詠むべきだとの意見もあるが、作者は敢然と立ち向かうであろう。
一貫したウチナーンチュ(沖縄県人)の叫びとしての作品とも言える。


牡蠣殻にまづ透明な海がある   佐藤文香

牡蠣を取った殻が堆く積まれている海辺近くの景であろう。
寒凪の海の遥か先まで、見渡す限り牡蠣筏が広がっている。
「まづ」と言うひらめきの措辞を、十七文字のど真ん中に据えてゆるぎない。
その海を透明な海と詠み切る作者。
牡蠣を育てる豊潤な海へのオマージュであり、引き続き澄み切った海であって欲しいとの熱い願いであろう。
心豊かな句とは、こういう句を言うのだろう。


狛犬に尻の穴あり涼新た   竹内宗一郎

狛犬は、獅子や犬に似た想像上の動物で、寺社の入口の両脇に対で据えられている。
口を開いている方を「阿形」、閉じている方を「吽形」呼ぶ。
この狛犬は寺社吟行の定番で、概して、眼、たてがみ、口の開き具合、向い合う状態等を詠んだ句が多い。
又、狛犬は大半が坐しているケースが多く、この句の場合、普通に立った状況であったため、後ろから尻の穴が見えたのだろうか。
いずれにしろ、これまで誰も詠まなかった視点であり、眼から鱗の喩え通り。吟行の際は、本命の対象の裏側に廻れとよく言われた。
そうすれば、こういう成果が得られるのである。

ちなみに犬の肛門付近には、肛門膿と言う分泌物の匂袋あり、犬同士がお互いにその辺りを嗅ぎあって、相手の情報収集に努める様子が見られる。

鯖雲や犬の興味は他の犬   長嶋 有

犬の肛門の句はないが、猫の肛門の句は少なからず見られる。

霜夜かな猫の肛門ももいろに   中原道夫
凌霄に猫のあかるき肛門よ   大木あまり


ソクラテスの妻の忌知れず落し文   司 ぼたん

中野区の哲学堂吟行の十句中の一句。
古代ギリシアの哲学者ソクラテスの妻クサンティッペは、悪妻で名高く夫を怒鳴りつけ、頭から水をぶっかけた等々多くの逸話がある。
但しソクラテス自身は「良き妻を持てば幸せになれる。悪い妻を持てば私のような哲学者になれる」とまんざらではなかったらしい。
仕事もせず、朝から晩まで考え事に熱中し、外出すれば理屈っぽい議論ばかりしているから、「こんな男と結婚すれば、女は皆悪女になってしまう」と言う作家佐藤愛子の言は正鵠を得ているだろう。
作者は哲学堂の苑内を歩いてふと落し文を見つけた。
悪妻で名高いものの、その生死の時期さえも不詳のクサンティッペの生涯を思い、その落し文を彼女からの便りではないかとひらめいた。
哀憫、同情の念だろうか。
哲学堂という場所がこの奇想を生み出したに違いあるまい。


父親に人見知りして天の川   江渡華子

母親に比較して、概して日中は接触のない父親は、赤子(勿論実子)からも人見知りされることが多い。同じ親なのにこの疎外感!
赤子を抱いて必死にあやす、傍らでは、日中の子育てに疲れた母親がお任せのご様子!
やがて、天を衝かんばかりの泣き声となると母親の出番だ。
いともたやすく泣きやます。
夜空には天の川が空一杯に広がっている。
その天の川は、赤子の声で更に煌めき、広がったような気もする。
三人の生涯で、最も幸福の一齣でもあろう。


第380号2014年8月3日
宮崎斗士 雲選ぶ 10句 ≫読む
第381号2014年8月10日
遠藤千鶴羽 ビーナス 10句 ≫読む
豊里友行 辺野古 10句 ≫読む
第382号 2014年8月17日
佐藤文香 淋しくなく描く 50句 ≫読む
第384号 2014年8月31日
竹内宗一郎 椅子が足りぬ 10句 ≫読む
司ぼたん 幽靈門 於哲学堂 10句 ≫読む
江渡華子 花野 10句 ≫読む
小津夜景 絵葉書の片すみに 10句 ≫読む

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