豊かな倍音
井上雪子
猪鍋をつつくポールとオノヨーコ 山本真也
肉食系と思えるのは、確かにこのふたり、猪鍋さぞやのキャスティングです。
ビートルズと冬の季語を結ぶ弦いろいろ、チューニングして歌ったり、見えない音を見送ってニヤニヤしたり。
十二月八日のドアノブを回す 同
だけど、だから、この一句の前で立ち往生しました。
そこから歩き出さなくちゃって、それは分かってる。ただ、けっこうと痛いのですよ、いまでも。
それでも、それだから。ドアノブは、回す。
笑つても笑つても冬プラタナス 細村星一郎
どこかに隠れていそうな小鳥を探してみても、プラタナスには可愛らしい実が騒いでるばかり。
なのに小鳥はいるって、そう思えるこのままがいいのです。
賞状をかさねて破く金目鯛 同
せっかくの賞状を破るのではなく、破く。
金目鯛どん、説明文は退場してしまいます。
この大胆な可笑しさ、清しさ。
語感は鋭く、意味をかわす柔軟さ(もしくは度胸)は、もち麦みたいです。楽しくて、すごい。
真赤なる石積み上ぐる久女の忌 同
唐突に久女さん、そして真赤なる石。
たとえば真っ赤に焼けた石、と想えば、ネイティブアメリカンに伝えられる浄化と再生の小さな秘儀(スウェットロッジ)へ、想いはジャンプを始めます。
もとより、まっさらな魂が言葉たちに宿ったものが詩歌なんだし、そうだ久女さんの俳句だ……と、跳んで弾んで、思いがけない場所に来てしまう。
「久女の忌」が放つ新しい響き、熱いです。
首筋の終はりセーター卵色 田口茉於
やわらかな曲線、温かな色。ふんわりセーターのなかまで潜り込みたい、幸せな視線です。肩ではなく、背なかでもない、そこのところ。
それしか言わないって、たくさん考えた後の勇気のように優しい。言ったら終わりって、そういうのも、あるし。
鶯餅谷保駅降りてすぐ右の 同
「谷保駅降りてすぐ右の」、電話口で聞いた声。遠い春、少し悲しかった頃のこと。
やわらかに真直ぐに来て、私の耳の深くへと刺さった、そのままに描くことの力です。
季語の滲み、微かな切れ、豊かな倍音の透明。
鷹鳩と化して南を向いてゐる 同
なんでしょう、これは。七十二候のなかの春の頃とは分かったのですけれど。
眼差しの明るさに日向の席を譲られ、分からなさに向き合うことの深い意味をゆるゆる解きましょう。
俳句という思索、立ち止まるということの大切さを思います。
立春の両手でふれる窓ガラス 前田凪子
新都心というところ、埼玉県にあるって知りませんでした。すこし歩くと龍さえ見えるのかしらん。急ぎ足の季節を友達呼ばわりして、開く楽しみ、映すかなしみ。
ブラウザーとかクラウド、見えない世界を繋いだり閉じたり、働く日々の屈託、その深さがほんと等身大。
アスパラガス並べちゃんとした人になる 同
とても好きな人がいます、こんな世界でそんな優しいまま生きていく。
なので、私も決めました。アスパラガスの束、ていねいに美しく並べ、元気にいこうって伝えます。
よしっ。
0 件のコメント:
コメントを投稿