【句集を読む】
醤油の国
仲寒蟬句集『全山落葉』の一句
西原天気
冷奴に粗塩をふりかけるのを見て、皮肉屋の友人が意地悪そうな目を向けて、笑う。通ぶった俗物主義と映るのだろう。とんかつにはソース、冷奴にはだんぜん、醤油なのだ。彼にしてみれば。
しかしながら、美味しい豆腐、とくに寄せ豆腐とかいう、整形もしていないのに通常の木綿豆腐、絹ごし豆腐よりもランクが高いらしいこの豆腐には、醤油よりも塩が合う。私自身、とんかつの横に盛られたキャベツの千切りにも、ドレッシングでもソースでもなく塩を振る。べつに「通」を気取るわけではない。
日本に醤油ありけり冷奴 仲寒蟬
醤油の偉大さは、私も理解している。食卓の味付けは醤油だらけ。焼海苔は醤油なくしては存在し得ない。
この句、「ありけり」の格調の高さに支えられて、反論を許すところがない。というのは、嗜好だけでなく、句としての姿に。
醤油を愛する日本人たる私は、同時に、醤油から逃れられない土俗の悲しみのようなものも抱えつつ暮らしている。「日本に」と切り出す掲句が、ナショナリズム、エスノセントリズム(わざわざ英語を使ってみたよ、自民族中心主義)の色濃いわけでないが、その国はその国の匂いがある。外国から日本に降り立った人がまず思うのは、醤油臭さだと、聞いたことがある。日本は醤油の匂いに包まれた列島なのだろう。
ああ、待ち遠しい。豆腐の上に、その日その日の薬味をのせて、うえから醤油を垂らす季節が来るのが待ち遠しい。
仲寒蟬句集『全山落葉』2023年7月/ふらんす堂
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