【句集を読む】
音と意味
彌榮浩樹『銃爪蜂蜜 トリガー・ハニー』の一句
西原天気
読者たる私個人が味わう愉快について披瀝することは、鑑賞と呼べるほどのものではなく(鑑賞という営為自体それほど大層なものではないが、それにしても)、そこのところを承知いただくとして(ずいぶんと言い訳がましい導入)。
雨と雪あねといもうとほど違ふ 彌榮浩樹
この句、景が浮かぶ(俳句においては美徳のひとつとされがち)というものでもなく、季語がなんらかに働く(同前)というものもなさそうで、主眼は、《雨》と《あね》の音韻的な近似を端緒とする構造の遊びと思ってよさそうです。
《雨》と《雪》は、音として似ていない、近くもない、《違ふ》。
《あね》と《いもうと》もまた、音として似ていない、近くもない、《違ふ》。
ところが両者ともに、意味の上で、組成の上で、近い、それほど違うこともない。《雨》も《雪》も、気象のことはあまり知らないが、同じ成分・同じ由来の水から出来ているし、《あね》と《いもうと》は、生物的な由来として共通のものを持っているんだろうし(生物のこと、あまり知らない)、社会的にも近いところにある。
音と意味は、このように、1枚の同じ設計図から仕上がるものではなく、音には音の、意味には意味の設計図がある。
シンプルな事実が、《雨と雪あねといもうとほど違ふ》という15音に収まっている。これは私にとって、かなりエレガントな出来事です。
不謹慎な連想が寛恕されるならば、兄弟ヴァージョン。例えば《蟹と海老あにとおとうとほど違ふ》ということになるわけです。もちろん、これでは句にもなりませんけれども。
彌榮浩樹句集『銃爪蜂蜜 トリガー・ハニー』2025年3月・ふらんす堂
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