2007-05-06

成分表 2 無声映画 上田信治

成分表 2 無声映画   上田信治

                        
初出:『里』2006年1月号


『キートンの大列車追跡』(The General 1926)という長編無声映画から、印象的なシーンを。

鉄道の機関士である主人公、バスター・キートンが、敵軍に盗まれた機関車を、手漕ぎのトロッコで追っていく。しかし、すぐにトロッコは脱線し、彼を残して川に落ちてしまう。敵が、線路に妨害工作をしていたのだ。

線路上に残されたキートンは、たまたま近くに老人が停めた、旧式の自転車に飛び乗り、ふたたび敵を追って走り出す。そして、道のでこぼこにはげしく揺さぶられ、とび跳ね、今度は自転車ごと川に落ちていく。

その転落は、敵が妨害したから、自転車が旧式だったからと、いちおう理由づけされているが、じゅうぶんに唐突で、観客を驚かせる。彼は、ドラマの論理によってというより、ほんとうの事故のように、つまり「ただ」川に落ちたように、見える。

それは、あの有名な無表情のせいで、まるで彼に「心理」がないように見えるからだろう。「心理」がない、とは「心」がないということではない。たとえば、彼がガッカリするシーンは、いつもとても可笑しいのだが、一方で、彼は困難におちいったとき、「どうしよう」「まずい」というような心理的葛藤抜きで、ただ「困っている」ように見える。そういう意味で、彼は、人間よりも犬に似ている。犬にドラマは起りにくい。犬に起こるのは「事故」だ。

一連のアクションは、非常になめらかに遅滞なく進行する。トロッコに飛び乗って、走り出して、落ちる。自転車に飛び乗って、走り出して、落ちる。そのなめらかさは、彼の落下を、あたかも「予定の行動」であるかのように見せる。あらかじめ決められたことのように、とつぜん川に落ちる男。

この「美しく振り付けられた事故」。とは、まるで俳句のようではないか。

  打水や萩より落ちし子かまきり   高野素十

もうひとつのシーン。キートンは、こんどは、一人で疾走する機関車の上にいる。列車の一両に据えられた大砲で、彼は、先行する敵に狙いを定め、大砲に点火する(砲身に火種を放り込む)。そして前の車輌に移動しようとするのだが、そこで、ズボンのベルトが、何かのレバーにひっかかって動けなくなる。

と、前方の敵を狙って角度を保っていた大砲が、なぜかゆっくり下がってくる。大砲が、まっすぐ自分を狙っていることに気づく主人公。その場を脱出することはできない。彼は、どうするか。持っていた小さな木っ端を、大砲にむかって力いっぱい投げつけるのだ。

この「愛おしき無駄な抵抗」。それは、別に、俳句のようではないのだけれど。

  この集団がうごくのだまっかな旗がつづくのだ   橋本夢道 




1 コメント:

上田信治 さんのコメント...

追記として:
The General(今なら、左バーの haiku mp で視聴可能)見返してみると、大砲のくだり、すこし記憶違いが……。でも、そのずれも面白いので、残しておきます。