2007-05-13

白鳥 柿崎理恵

白 鳥  ……柿崎理恵


四月下旬、雪が解けたと思ったら、すぐにサングラスが欲しくなるくらいの日差しになった。芽吹きまでには少しの間があるものの、鳥たちの動きを見ていると、季節が大きく廻っている確かさを感じる。雄々しく春へと移っている。

アラスカ州道一号線は南から北へ伸びていて、途中で鳥の渡りのルートと交差する。アンカレッジから北へ2時間のシープ・マウンテンだ。このシープとは野生のドール・シープのことで、切り立った崖を集団で移動していく。赤っぽいガレ場を見上げ、ずっと上に白い点がいくつも見えたら、ドール・シープに間違いない。

シープ・マウンテンの鳥見のポイントに立つと、谷からの風を感じた。その日はほとんど無風だと思っていたが、この風は雪解川からのぼってくるものだろう。

双眼鏡で空を見ていたセセリーが、まわりにいる人にはっきりと聞こえるように言った。

「あの大きな雲の上にある、小さな雲の右肩から四十五度上方に、白鳥の群れが来たわ」

彼女の声のトーンはとても明るい。わたしも含めて皆、その方向に双眼鏡を向けた。わたしの双眼鏡には鳥らしいものは見えない。空の青と、雲であろう薄ぼやけた白いものが、双眼鏡の角度を変える度にさまざまに映るだけだ。同じグループにいた何人かが、次第に声をあげ、いる、いると白鳥の群を確認し始める。あれは百羽か、いや百二十羽かと数え始める人もいた。

暫くしてわたしの双眼鏡がその姿を認めたのは、群がかなり近くに来てからだったが、はるかといってもいいくらいの上方を飛ぶので、まず見えたのは、白い点の連なりだ。春の青空を背景に、真珠のネックレスのようなものが、形を変えながら向かってくる。Mの字やVの字や直線、その編隊のかたちを変えるのはとても滑らかで、大きな意思に動かされているのかとさえ思う。

双眼鏡が、個々の白鳥の姿になった真珠の粒を捉えた。その長い首はまっすぐに伸びていて、翼をやや後方に伸ばし、体つきはふっくらとしている。わたしの真上で、白鳥の群は逆V字の列になっていた。そして百余りの嘴は皆同じ方向を指している。北西だ。どの嘴も、これから恋をし巣作りを始める北の地を向いているのだ。

急に、白鳥の鳴き声が空から降ってきた。はるか天からのそれは、強い肉感的とも感じられる声だった。複数の鳴き声は間断なく聞こえ、そして編隊が去っていくとともに遠のいていった。わたしの心の中に、また、春の空と雲が戻ってきた。

調べてみると、その時の白鳥はツンドラスワンで、ペンシルバニア辺りのアメリカ東海岸から渡ってきたものだという。大陸を横断し、いくつもの谷を越え、いくつもの風に会い、恋をする地へと渡っていく。

ひたすらという言葉が浮かんだ。

もっと北の、ツンドラ地帯へいつか行ってみたいと思う。もう木が生えることはなく、白夜と、時にはブリザードが吹き荒れる土地。白鳥や鷹が営巣する風景に思いを馳せている。





2 コメント:

猫髭 さんのコメント...

『アラスカ便り』は、『浦川聡子仮想俳句のページ』の「リレー俳句」に掲載された時からのファンです。写真入だと、実に雄大にして繊細。
また、文章も『フォト・エッセイ』の、親しい者に語りかけるくつろぎから、アラスカの大気にさらされたような凛とした響きがあり、よきかな。

『週間俳句』の名物エッセイとして、不定期でも構いませんから載せていただけると、とても楽しみ。

りん さんのコメント...

猫髭さん、

身に余るお言葉に恐縮します。ありがとうございます。