暮らしの歳時記 聖五月(編註1) ……山本勝之
昨日も今日も朝の9時ピッタリから、隣の事務所から「ドッガドガドゲゲゲ!」「きゅいーーん」「バカヤロー、それじゃねえ9ミリの持ってこいつったろうが!」と電気ドリルやら、コンクリート・カッターやら、イラン人をこき使うおっさんの声やら、かまびすしいったらありゃしない。
今朝も5時近くまで机の前で仕事をしているふりをしてから、眠剤を飲んで寝たのだが、これはもうとても寝ていられるものではないので、とっとと起きだし雨戸を閉め切って(台風の時以外閉めたことがない)朝ごはんをいただき。食後のコーヒーなんぞ淹れて、外があんまりうるさいんで「06年スロバキア」でのLou Reedのライブなんぞを大音響で鳴らしたりして、抵抗しつつ仕事でもするしかないなー、と思って始めたのですが「ドガガガドギュドギュドガガ!」「キュエィーン」「だから、あと何個あんのか見とけっつたろーが!まったく使えねーんだから!」
攻撃は一向に止む気配はなく。まいりました、わたくしの負けです。無駄な抵抗でしたごめんなさい。と風呂道具を持って散歩にでかけ、上野公園噴水前の、長くは座っていられないように座部が前傾にしつらえてある(このベンチを設計したデザイナーに災いあれ!)そのベンチでタバコを吸って時間を潰し、10時半朝風呂開店と同時に銭湯へ。
いつも朝風呂一番に来ている、築地の河岸の勤め帰りのおっちゃんと、サウナでダベる。寿司ネタ専門に扱ってるだけあって、美味いもの旬のものの話しをさせたら宝庫である、汗だらだらかきながら魚の話しを伺う。
駅前ドトールでアイスコーヒーを飲んで時間を潰し帰ってきたが、隣は相変わらず「ギョエーンドガドゴドギダガ」なのである、寝れないは、仕事にもならんはでいいかげんイラついていると。大家が「山本さん、ちょっと」と訪ねて来た、今月の家賃はちゃんと払ったはずだし、まさかプールの件(編註2)がバレて追い出されるのかとヒヤリとしたが、左手に菓子折を提げている。
「うるさいでしょ、隣りの事務所の方が〝ご迷惑おかけします〟ってみえたんで、これお渡ししておきます。中に手紙も入ってるそうなんで、御覧になってください」と、いやに低姿勢だ。
大家の後ろ、ドアで見えない所に誰か立っているのがわかった。たぶん隣の事務所の人間だろう、いい大人がどうして直接挨拶にこれないのかとムカっときたが、プールの件もあるし、大家の顔を立てて「いやー、昼間は仕事になんなくて、次の家賃少し遅れるかもしれません(編註3)」と笑顔で受け取った。
手提げ袋には、ちゃちなクッキーの詰め合わせと、コピーした手紙に「5月1日~6月30日 8:00~17:00まで、耐震補強、病院入居改修工事を行います。以上」と書かれていた。
わたしは、この麗しき五月を、菓子折(しかも上げ底)一つで売り渡してしまった(編註4)。明日からは、窓開けて、オヤジに「ウルセー!」っと怒鳴ろっと。
(筆者註:以上はフィクションであり、事実と似ているようなことがあるとすれば、ほんの偶然です)
(編註1)『日本大歳時記』(講談社)「五月」の解説(飯田龍太)は以下のとおり。……北辺、あるいは高冷地をのぞくと、満目みどりにつつまれる季節。天も地も、まさに夏来たるという感じ。大正期に詩人達、わけても木下杢太郎の詩などに、しばしばこの言葉があらわれるように、外光的な明るいロマンにかすかな陰翳を宿す。ときに「五月憂し」などと用いられるのもこのためだろう。なお、聖五月、あるいは聖母月の称は、カトリックのマリアの月から来たもの。……以上引用。
(編註2)本誌第2号「暮らしの歳時記 春炬燵」参照
(編註3)おいおい。(編註4)書面を読めばわかるが、5月だけはない。6月も、だ (suggested by goro)。
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2007-05-20
暮らしの歳時記 聖五月 山本勝之
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