2007-05-27

キューバの神さま 長谷川裕

キューバの神さま  ……長谷川 裕


いわゆる世界遺産に指定されたハバナの旧市街だが、早い話、なあんにも面白くない。昨今、キューバのお上はドルを稼ぐべく観光開発に力を入れており、廃墟寸前だった旧市街をピカピカにリフォームしつつある。ぶっこわれた窓枠にはガラスを入れ、汚れた壁をピンクやブルーのパステルカラーで塗り直し、舗道の石畳も拭き直しとがんばっておる。

独裁者バチスタの愛用していた、贅をこらした専用客車なんぞを街中にでーんと展示して、解説員つきで車内を見せてくれたりしている(バチスタは鉄道が大好きだったらしく、よく専用列車を仕立てていたらしい。革命派を鎮圧する切り札と頼みにしていた装甲列車をゲバラのおっさんがダイナマイトで脱線、転覆させたら、がっかりして、あっさり亡命してしまった)。はたまたど派手な色彩の民族衣装をまとった公務員のおばちゃんたちが、観光客のカメラの前でポーズを取ったりしていらっしゃる。ま、いろいろ頑張っているわけだ。

で、その結果、旧市街はただのディズニーランドというか、恵比寿ガーデンプレイスの類となりつつある。ユネスコの罪は重い。

やれ、シボレーだ、プリムスだといった1950年代の太古車が、オイル上がりしたエンジンからもくもく白煙を吹きながら、市内をうようよ走り回っているのも、そりゃ消費社会の最先端から来た観光客には珍しいかも知れないが、二、三日も眺めていれば飽きる。当のハバナっ子にしたら50年も眺めてきたんだから、もうウンザリだろう。

青い海、白い砂のビーチへ行けば、ようするに地中海クラブであって、ヨーロッパからやってきた、もはやすることといったら日光浴ぐらいしかない方々が、ごろんごろんとオットセイのように転がっているであろうことは想像に難くない。いわゆるキューバの観光資源つうものはあたしにとっては、あんまり楽しくもないし、うれしくもない。どーでもいいことなのよ。

しかし、ハバナはえらく面白い。なぜかって、街中にごろごろあふれかえっている黒い人だの白い人だのがめっちゃくっちゃに魅力的だからだ。どいつもこいつも見栄えがする。若い連中はブスも美人も、ハンサムもブ男も、わけへだてなくセクシーだ。年寄りは年寄りで、じいちゃんもばあちゃんもみんなえらくかっこいい。なんだか尊厳を感じさせる。そしてリラックスしている。いいねえ。

で、元気な若い衆は、観光客と見ると兌換ペソをせしめるべく「モヒート飲みに行かないか。いいとこ知ってまっせ」とか「今日はブエナビスタ・ソシアル・クラブの記念日だ。音楽やってるから、オレと行こう」「いい葉巻あるよー」といった調子で、やたらめったら声をかけてくる。

しつっこくつきまとってうるさいったらないのだが、不思議なことになんだか憎めない。しつっこい割りにはスタンスの取り方がどこか都会的で、さばさばしていることもあるのだが、それより大きいのは、ハバナのあんちゃんたちは元気汁いっぱいで、生きているのがうれしくてしかたないといった風だからだろう。

キューバの観光資源はにんげんだ。いっそのことユネスコは世界遺産にキューバ人を指定すべきであった。もう終わっちまった建物とか、便利な文明生活に満ち足りた環境主義者が大喜びしそうな手つかずの自然なんてどーでもいいから、人類に遺産ありというんなら、そりゃ、いまを生きている人間じゃねえのか。

で、なんでキューバ人があれだけうれしそうなのか。これは神さまのお力だと、あたしは睨んだね。うん。キューバにはアフリカから連れてこられた奴隷のひとびとが持ち込んだ、西アフリカの土俗信仰とキリスト教がチャンポンになった、サンテリア=Santeriaなる民間信仰がある。ハイチのブードゥーと同じようなもので、いろんな神様(オリシャ=Orisya)がいて、それぞれ強烈なパワーをもっていらっしゃって、みんなの守り神になってくれている。

このサンテリアの踊りと音楽がアフロ・キューバン音楽の源流となったわけで、どうもここらあたりが元気の素らしい。革命直後のキューバのお上は宗教にはいたって冷淡で、サンテリアもおおっぴらにはやれなかったらしいが、昨今では、まあ、いいかということになって、サンテリアの儀式もどんどん復活しつつあるようだ。徹底的に宗教弾圧してサンテリアをぶっつぶさなかったあたり、キューバのお上もなかなかてえしたもんだ。

いいじゃありませんか、こういう要素がないと人生から肝心な味ってものが抜け落ちまうもの。Agayuさま、Eleguaさま、Obaさま、Oyaさまなど、オリシャはそれぞれに性格、色彩、衣装、象徴物が異なっており、霊力も異なる。そんなわけで、あんたのオリシャは何々さまだから、ブルーが守護色だよとか、翡翠を持ってるといいんだよなどと、サンテリアの占い師が教えてくれるんだそうだ。人それぞれ守り神が違うってのはいいねえ。あたしとは体質的に合っている。今度、キューバにいったら占い師を探して、占ってもらおうじゃないの。



写真:長谷川裕