2007-06-17

成分表 5 恋愛漫画 上田信治

成分表 5 恋愛漫画   上田信治
初出:『里』2006年3月号/改稿


『ハチミツとクローバー』という少女漫画がある。その作者、羽海野チカの、夜の雲の描き方は独特だ。

東京の郊外にある美術大学が舞台なのだが、地上の灯火を反映してか、夜空の雲はとても明るい。ソフトクリームが強風を受けてくずれたような形の白い雲が、空をあらわすベタ(黒地)に並んでいる。

多摩川あたりの土手が、ドラマの「場所」として選ばれることが多く、夜空はとても広い。画面奥に向かって、雲にパース(奥行き)がついているので、空は書き割り的ではなく、頭上にドーム状に広がって見える。

雲が、空の奥へと吸い込まれるような動きをともなって描かれていることは、映画の伴奏音楽のように、人物の内面のロマンチックなものに相応している。また、雲のデフォルメされた形状は、その場所が遊園地めいたネバーランドであることを、メッセージしている。

おそらく、それらすべては、意図に基づいて設計されたものではなく、そういうふうに「描けてしまって」いるのだ。よく動く手が、ものすごく心にかなうものを、描き出してしまう、ということ。

『ラブロマ』という青年漫画がある。この漫画の主人公である高校生たちも、川のそばに住んでいる。作者、とよ田みのるの描線は、一見拙く見えるほど素朴だが、この作者の描写も、また独特である。

たとえばあるエピソードで、高校生の少年が、少女と、川沿いの道で自転車に乗る練習をする。その背景に見える、ビルほどの大きさの水門が、やたら一所懸命描かれているのだ。川に映る対岸の灯も、少女が着るダッフルコートの木の釦も、やたら一所懸命描かれている。一つ一つの物が、不器用な描線で「そうそう、こんな形でこんなふうで」と、発見し直されるように描写されている。

それら描写される物は、『ハチミツとクローバー』の雲のように、内面の象徴として描かれるのではない。しかし、その熱心な描写は、描かれた全てのものに、それが特別の水門であり、特別の釦であることを、主張させている。

その特別さは、主人公たちのその日の経験の一回性と、相応している。そこに描かれるすべては「その時そうだった物」として特別なのだ。

描くということは、それだけで、聖別する、ということなのかもしれない。

  卒業の兄と来てゐる堤かな  芝不器男 
  風鈴の空は荒星ばかりかな




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