2007-07-01

吾郎回文100句選を終えて さいばら天気

吾郎回文100句選を終えて ……さいばら天気



井口吾郎とは私が俳句を始めて以来の付き合いである。回文俳句の第1号が誕生した瞬間にも立ち会っている。それは1998年12月19日土曜日。以来、この6月までに生産された吾郎回文はおよそ1500句。今回、その全句に目を通した。読んですぐに思い出せる句もあれば、初めて見た気のする句もある。この『週刊俳句』掲載のために、ともかく読んだのだ。

1500句とはA4・3段組で35頁。膨大な回文アーカイブをぜいぜい息を切らしながら、当初は50句を選ぶつもりで読み進めた。ところが一次選で丸を付けた句数を数えてみると、およそ120句。50句選なんてとても無理と諦めて、100句に絞った。泣く泣く除外した句も多い。100句選は多いようでいて、今回は精選である。

選には、個人の傾向が出る。私の場合、吾郎回文には、ただ巧く出来ているという以上に、ちょっと屈折した独特の韻律、イメージの飛躍、結果として醸し出される悦ばしい空気などを求める。したがって、「ふつうの俳句」と見紛うようなウェルメイドな回文句が洩れる傾向にある。別の人が選べば、そうした「びっくりするほど巧く出来た回文句」も多数含まれることになり、またすこし違ったラインナップになるだろう。つまり、この100句選は、充分に楽しんでいただけるものという自負がある一方で、吾郎回文は、これがすべて、ではないということは申し述べておかねばならない。

ともあれ、吾郎回文の魅力は読めばわかる。能書きは不要だ。膨大な吾郎回文を読んで、私はあらためて、その悦楽を享受できた。しんどい作業ではあったが、気持ちのいい疲労である。これらのとんでもないテクストを生産しつづけた井口吾郎に敬意を表するとともに感謝したい。だが、それとは別に、ひとつ、言っておきたいことがある。

吾郎ちゃん、ずるい。

なぜ、こんなことを言うのか。それを説明するため、井口吾郎回文句集『死んだら談志』(2003年9月30日・私家版)に寄稿した拙文「吾郎回文を愛す」から一部を引用させていただく。

私たちは言葉のアクロバットを目にする。空中ブランコから手が離れたその刹那、音の秩序が優先されることで意味のタガがはずれ、言葉は宙に放り出される。そしてブランコへと立ち戻るとき、それまでとは別の容姿を備えた言葉の連なりが現れる。天国的な無意味に裏打ちされた意味の再編。手垢を洗い手業を忌避し人智を跳び越えんとするチャンス・オペレーションの手法。そして韻律もまた、俳句の伝統をはじめとするさまざまな因習から解き放たれる。かくして、神々しくも歪な姿をもった出色の短詩が生み出される。

以上は、当時も今も変わらない私の〈吾郎讃〉である。しかしながら、考えてもみてほしい。俳句をつくる人間なら誰でも、手垢のついた措辞や退屈な韻律しか生み出せないことにため息をつきつつ、すこしでもそこから逃れようと、懸命に俳句を捻っているのだ。

それを井口吾郎は、回文という不可思議な仕掛を携えて、俳人全般の煩悩をあざ笑うかのように、地に這い蹲る私たち凡庸な俳人を高空から見下ろすように、らくらくと言葉の奇跡を引き起こす。ドキュメンタリー映画に魔法はルール違反である。これは、ちょっと、ずるくないか?

とはいえ、回文俳句の大魔王・井口吾郎にも、それなりの悩みはあるのだろう。1500句を読んでいると、同じ部品の使い回しも見える。自己模倣という罠も避けがたく存する。だが、ここまで来たら、その、なんだ、このさきもずっと井口吾郎と回文俳句とは切り離せない存在である。1万句でも2万句でも、どうぞ捻っていただきたい。こっちも、ついでだ。因果だなあとは思うが、一生、吾郎回文を拝読しつづける覚悟はできている。とにもかくにも、万歳!吾郎回文!である。


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