喫茶・鍵 ……山本勝之
西原天気人名句集『チャーリーさん』(2005年)より転載
中島らも(*)が死んで、少し悲しい。ああいうおっさんが生きていてくれないと、僕らは、少し不自由で、世界はほんの少し堅苦しく、よそよそしくなる。
ボクは決して中島らものいい読者ではない。彼の小説を熱心に読むでもなく、エッセイや、その言動をげらげら笑ってた野次馬です。
それでも一度、雑誌のインタビュー取材で大阪の中島らも事務所で、会ったことがある。禁酒中だったらも氏と、ウーロン茶を飲みながら、最近中毒してるというチョコレートをバリバリ齧りながら、ドラッグの話を三時間。
酒を突然止めると、血中糖度が突然下がるので甘いものにハマるという経験は自分にもあったので、冷静に見ていたけれど、その食べ方にひやりとした。
その後、風の噂で、すぐ漏らしてしまうので大人用のオムツをつけて酒を飲み始めたとか、刺青を入れたとか、大麻所持で捕まったとか、いろいろあったさ。いろいろあるさ。
ボクが一番好きなのは、 ゴンチチのチチ松村さんとの対談で、二人で喫茶店をやろうというものだ。
店の名は「喫茶・鍵」。
木造二階建て、壁という壁はすべて大小様々な引き出しでできていて、そのすべてに鍵がかかっている。
客は扉を開けその店に入る。地方都市の図書館あるいは博物館のような澱んだ空気、天井には大きな三枚羽の扇風機がゆっくり廻っている。
ガラス窓から差し込む西日。BGMはもちろんない。ときおりコーヒーカップと皿が擦れ合う音、引き出しの鍵を廻す音、引き出しの中からなにかを取り出し、席に着く客の足音、そして深い溜息が聞こえるだけだ。
入り口の古い木のカウンターの向こうには、白髪の中島らも。深々とおじぎして「いらっしゃいまし」と、あなたに、引き出しの鍵を差し出すのだ。行きたいでしょ?
(*)中島らも 1952-2004 兵庫県尼崎市生まれ。本名中島裕之。1992年「今夜、すべてのバーで」で吉川英治文学新人賞を受賞。94年「ガダラの豚」で日本推理作家協会賞受賞。■■■
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